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塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

「意外性の絞りカス」と武井宏之
 かつて週刊少年ジャンプに掲載された読み切り作品に、格闘職人アウディという漫画があった。
 荒廃した世紀末の世界で料理人と鉄道員が、熟練の職業者だけが纏うことができる職人氣質(カタギ)を纏い、職人戦闘術で闘う異色職業バトル漫画である。鉄道員ボルボ駅長の必殺技はヤマノテクラッシュ。対する料理人アウディは職人氣質をフライパンに込めて発する必殺技フライパン氣質返しで見事この技を打ち返して勝利する。劇画パロディの一種であり、おバカなノリの漫画であるが、そのおバカなノリだからこそ非常に面白かった。
 この作品は伝説の読み切り漫画と呼ばれ、当時から現在に至るまで評価が非常に高く、この作品の掲載された「週刊少年ジャンプホップ☆ステップ賞SELECTION」の19巻の中古品はプレミア価格で取引されており、私のたまに使っている「"フトい"野郎だ」という言い回しも、この漫画からのイタダキである。(ちなみに、私がオマージュなどを"イタダキ"と称するのは、週刊少年チャンピオン新人賞での鬼頭莫宏の投稿作品への講評からの"イタダキ"である)

 この作品の評価は既に固まっているので、ここで敢えて論評するつもりはない。それより、私が論じたいのはアウディ以後のジャンプの動向である。誰もが忘れていると思うのだけど、この作品が好評を得たのち、週刊少年ジャンプの新人賞には、格闘職人アウディとよく似た雑な劇画調の「異色格闘バトルモノ」が大量に投稿されるようになり、それらが次々と月例新人賞を獲得するようになったのだ。
 その際、毎度毎度、画力やストーリー、構成力などと共に評価項目のひとつとして挙げられているオリジナリティの欄に、これらの漫画にはすべて◎がつき、審査員は「茶道と華道が茶柱と剣山でバトルだなんてオリジナリティがすごい!」といった講評を付けていった。アウディのまねごとにオリジナリティも何もないと思うのだけど。
 格闘職人アウディの面白さとは、少年漫画の基本をしっかりと踏襲した構成、世界観やキャラクターデザインから擬音のフォントに至るまで過去の名作を想起させる要素を巧みに組み込み、パロディとしての面白みと純粋な漫画としての面白さを両立させる、その緻密さなどを含めての面白さであり、とっぴな設定だけで面白いわけではない。しっかりした地盤がなければ、「職人がオーラを纏って闘う」という設定の異化作用も機能しない。ましてや、これらの投稿作品はその突飛さでさえも完全な真似事なのだから、これらの作品にオリジナリティは皆無である。

 当時私は、これらの格闘職人アウディのエピゴーネンに飽き飽きとしていた。
 似たような雑な絵、奇抜に見せただけの似たような展開、そしてなにより、バカの一つ覚えみたいにそういった作品を入選させ、毎回毎回「オリジナリティ」の欄に◎をつけるジャンプ編集部に対して、子供心に強い反感を持った。その感情は、怒りと言っていい。

 まさに、それら一群の漫画は「意外性の絞りカス」という形容が相応しい。異色格闘バトル漫画というアウディの絞りカスたちであった。

 そんなある日、いつものように最新号のジャンプ新人賞の欄を漫読していると、やはり今回の入選作品も「異色格闘バトル漫画」であった。今度のテーマは床屋である。泥臭い床屋の息子がイケメン美容師とバリカンやらはさみやらでバトルするという、これまたアウディのエピゴーネン。相変わらず、オリジナリティの欄には◎がつき、編集者は「床屋をバトル漫画にするなんて、なんというオリジナリティだ!」とかなんとか、そんないつもの陳腐化したオリジナリティを評価する。まったくくだらない。そんなことだから、週刊少年マガジンに発行部数を抜かれるのだ。

 しかし、ひとつだけこれまでの新人賞と違った点があった。漫画家代表として審査に参加したシャーマンキングの武井宏之だけがただひとり、「こういう異色格闘バトルはもう飽きた」と講評したのである。
 私は氏に大いに同意し、非常にうれしく思った。私だけじゃなかったんだ、こんな漫画に飽き飽きしてるのは、と。それに、氏には私と違って同調圧力もあっただろうに、なんと果断なことか。私はそれ以来、武井宏之という漫画家自身に対して、特に一目置くようになった。


 時は流れ、武井宏之が当時連載していたシャーマンキングは打ち切りの憂き目にあい、更に数年後、氏の新たな漫画が週刊少年ジャンプで掲載された。それが重機人間ユンボルである。大災害で荒廃した世界、ゲンバー帝国のゲンバー大王と重機を己の能力とする改造重機人間が重機の力で工事現場を舞台に戦う建設バトル漫画である。

 そう、氏が最後に連載したユンボルが、まさに自身が過去に酷評した異色格闘バトル作品だったのである。一応、改造人間ヒーローや乗り物変身ヒーローものでもあるので、過去のアウディエピゴーネンとは少し違うのは確かだけれども。
 あの頃の私は、既に週刊少年ジャンプの購読はしておらず、武井の新連載ということで、ちらっと読んだだけであるが、正直な感想として、重機人間ユンボルは寒かった。さすがに長年週刊少年ジャンプで中堅を張ってただけあって、そこらの新人賞作品と違い作品としては「読めるクオリティ」ではあったが、せいぜいそれだけである。アウディのような絶妙に「読ませる漫画」ではない。そもそも、ユンボルが連載されてた時期に格闘職人アウディが連載したって、どう頑張っても陳腐で時代遅れな代物にしかならないと思うし……。
 奇抜に見せた出落ちのようなキャラクターを見ては、「ああ、テキストサイトが喜びそうな内容だ」と思ったが、まったくその通り、テキストサイト系漫画レビューサイトでは大好評であった。「こんなにぶっ飛んだ漫画は見たことがない!」とか、そういうの。あああああ、くだらない。こういうノリが嫌だったんだよ! アウディエピゴーネンのときも!
 結局、重機人間ユンボルはあえなく10週で打ち切りと相成った。

 そもそも、武井宏之の作風は、非常にオタクくさくて(そういう偏屈なオタクだからこそ、同調圧力に負けず冷静に異色格闘バトルブームを批判できたのだと思うので、善し悪しだと思うけど)劇中のノリツッコミの仕方や小ネタや独特の台詞回しなどに顕著であるが、一般受けするかどうかでいえば、かなり危ういバランスの上に成立していた。マイ・ファウスト・ラヴとか、ちびマルコちゃんとか、千手ピンチとか、ああいうノリね。あれはあれで作家の持ち味なんだけど、シャーマンキングはジャンルやギミック的に奇跡的に一般人気を得られる内容だっただけで、オタクノリだけで突っ切っちゃうと、ほんとオタクノリが合わない人は寒さに厳しい気持ちになってしまうというか……。
 その後、ユンボルはオタク人気のおかげでオタク人気物処理場のウルトラジャンプで連載を再開したが、その際は別に脚本家が付き、しかも現在は連載休止中のようである。描いてる側が肩に力が入りすぎで息切れするんだよ、あの漫画。

 うーん……。和月もそうだけど、このへんのジャンプ暗黒期を支えた堅実なオタク作家たち、手綱つけないとろくなことにならんなー……堅実でもないのか。武装錬金とかもテキストサイト受けばかりしてしまうタイプで、内容はビミョーだったしノリが寒かったし。テキストサイトでは大人気だったけどね。きっつ。

 藤崎竜を含め、このへんのオタク漫画家って長期連載が終わった後で、自己を解放しまくった作品を描いて失敗した印象なんだけど、なんだかんだで、暗黒期とはいえジャンプの看板を背負ってただけあって、そこそこ長く連載を続けられる程度には一般受けするものを描けていた和月と、サイコプラスなんかの頃の、読みきり作家というべきか打ち切り作家というべきか、レンジは狭いがクオリティの高い小作品を描いてた時期に回帰したとも言える藤崎と比べても、武井はそれらの悪いとこ取りをしてしまった感が強い。るろうに剣心や封神演義に比べれば、シャーマンキングは人気にも質にも違いがあったといえばそうだけれども。


 武井先生は今どうしているのだろう。長らく私は漫画から離れてるので、現在はよく知らないのだけど……。とにもかくにも、先生のご活躍が私の耳に入ることを期待してます。
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