焚巣館 -共産党宣言-
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本日の更新。漢籍置場に共産党宣言のコーナーを設けて序文の訳を掲載した。過去にブログ上で訳していたものの転載である。ちなみにカテゴリは『近代革命』とした。近代中国の国歌等やフェミニズムに関する漢籍もこれから入れていく予定。
既に前回の記事で大略は述べたので、ここでは訳に関する諸々のお話。
まず気になったのが権利という語が権力と同義として用いられていること。ここはブログ旧版から訳を変更したところで、「昔歐洲之又權利者、欲施禁止之策、乃加入神聖同盟」を私は「昔て歐洲の權利を又ちたる者は、禁止の策を施さむと欲すれば、乃ち神聖なる同盟に加入(くは)はること」と書き下したわけだけれども、これどう見ても権利に該当する概念は権力だよなあ……ってことで、今回は「かつて欧州の権力を手にする者たちは、禁止の策を施そうとし、神聖なる同盟に加入した」と訳した。ちなみに幸徳秋水・堺利明版の共産党宣言の日本語訳では、「古いヨーロッパのあらゆる權力は、この怪物を退治するために、神聖同盟を結んでゐる」としている。ちなみに、こちらの方が古い訳で漢訳版はこれを参考にしていることから、先行する日本語訳版で権力とされていた部分を漢訳版で権利と訳し直したということになる。で、私はドイツ語は読めないので英語版の共産党宣言(The Communist Manifesto)から見てみると、「All the Powers of old Europe have entered into a holy alliance to exorcise this spectre(あらゆる古い欧州の権力者たちは、この悪霊を祓うために神聖なる同盟を結んだ。)」とある。英文では"Powers"、つまり今日流の訳では権力者たち……ということになろう。ストレートな語である。
で、本文には「共產主義者、致使歐州權利各階級、認為有勢力之一派」にも「權利(権利)」という語が登場する。私は「共産主義者は、欧州の權利者たる各階級に、勢力の一派として認めさせるまでに至っていること。」と書き下した。そして、ここも堺・幸徳版ではやはり「共産主義はあらゆるヨーロッパの權力者から、既に一個の勢力として認識されてゐること。」となっており「権利」の語が当てられている。やはり堺・幸徳は「権力」と訳している。
では、英語版はどうだろう。当該部は「Communism is already acknowledged by all European Powers to be itself a Power.(共産主義はもはやあらゆる"European Powers"からそれ自体が"a Power"と見なされている。)」となっている。……うん? これは少しひねりの利いた文章だ。()内の日本語訳は(Power)の概念にかかる部分を英語のままにしておいたが、ここでの"European Powers"は"欧州の権力者たち"とは少し違うように見える。そして、重複する形で「(a) Power」の語が用いられている。これはどういうことか。
漢訳版では「European Powers」を「歐州權利各階級」とし、日本語版では「あらゆるヨーロッパの權力者」としており、「a Power」を漢訳版では「勢力之一派」とし、日本語版では「勢力の一派」としているが、どうだろうか。原文……ではないが、これは英文版にあるニュアンスを十分に伝えていないと思われる。ここで示されているのは、共産主義者が"Power"として欧州の"Powers"と同列に並んだのだと示す文章であろう。
さて、今回のような「敢えての重訳」をする際に気しているのが、漢訳版ではどの程度、どのようにニュアンスを伝えているのか、逆にどの程度ニュアンスを伝えていないのか、こうした点を反映させることになる。英語版を確認しないとわからないようなニュアンスについては、漢訳版では伝えられていないのだから、訳にそのニュアンスを組み込んだりはしない。では、権利と権力という語の差異についてはどうか。本文の漢語をどの程度まで現代日本語の訳文に反映させるかに当たって、最初のブログ版は権利を権力と訳さないことを選択し、今回のホームページ版では訳すことを選択した。まあ、そういう諸々を訳す時に考えたり考えなかったりしているわけである。
他に訳していて気になった点としては、在野の政党の対義語が在朝の政党であることとか。現在だと野党と与党と呼ばれるわけだけど、これに従うと野党と朝党ということになる。朝党!
とまあ、漢語の書き下しや翻訳というのはたいへん面白いものなので、ぜひぜひみなさん挑戦してください。
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