人を言葉や理屈より態度で選ぶことをバカのすることだとバカにしてるお利口さんは、言葉や理屈にあっさり騙されると思う。(挨拶)
で、こちらの続き。というか、ここからがこの件の本題。いや、真の本題はキン肉マンの話なんだけど、それはもういい。お前らに私の漫画の話は早かった。政治の話をしよう。
トルコのフェミニズムの「これまで」については、これでよいかもしれないけど、「これから」のトルコのフェミニズムに強い不安を私は感じている。というのも、この時の会話の間で飛び出た発言の中に、どうしても引っかかるものがあった。それはケマル・アタテュルクの評価に関して論じてた時である。
ケマルがフェミニストの活動を制限していたという話を聞いた私が「そういう話を聞いてるとケマルの印象が悪くなるなー」と言うと、彼女に「ケマルは女性にひどいことをしていた。昔はブルカを被った女性を処刑していた。」と返された。
私はこの時確信した。トルコでフェミニズムがイスラム原理主義と結合し、日本のネトウヨとリベサヨが大同団結してこれを擁護するように動く未来が到来する、と。
トルコ共和国の建国者ケマル・アタテュルクはイスラム世俗主義の実現者として多くの功罪がある。彼女も「ヒットラーやスターリンなどの独裁者と同じ」「トルコではケマルの肖像画を敬拝しなくては逮捕される」などの批判をしていたし、特に後者などは酷い話である。ゆえに、批判そのものは当然あってしかるべきものであろう。
そして、ケマルの功績とされているのが「イスラームの伝統的な一夫多妻制度を廃止し、男女平等の同意による一夫一妻婚姻制度を確立したこと」と「ブルカを禁止したこと」である。これは地元の焼き肉屋の待合室に置いてあったトルコ旅行ガイドに書いてあったので間違いない。(私のトルコに関する知識は、これと漫画「赤い河のほとり」に由来するものだけです)
その暗部として、法律の制定初期には苛烈にもブルカを被った女性を死刑にしていたのだろう。これについての批判はわかる。しかし、それは「明らかに刑罰が重すぎる」とか「刑罰ではないアプローチをすべきではないか」といった批判であるならば、である。私はここからどうにも「女性がブルカを被る自由を奪った」という批判のニュアンスであるように感じられた。
もちろん、彼女はそうはいっていないが、私は表層的な理屈だけで人の意見は見ない。その中にある無意識の意を見る。そこには、当人の考えや意見だけでなく、時代の流れや社会のムードも反映されることが多いからだ。
私はケマル・アタテュルクと毛沢東はよく似ていると思う。いずれも独裁者として批難されるが、同時に非西洋で近代国家を成立させた革命家として賞賛される存在である。実際、ケマルも毛沢東も、スターリンの政治体制を真似ていたので、近似するのも当然であろう。ケマルの罪の部分としてはクルド人への同化政策があり、これは毛沢東のチベットウィグルへの政策と似ているが、それについては今回は置いておく。
毛沢東の行った政治改革の一つに、一夫一妻の婚姻制度がある。これは中国の旧来儒教社会における伝統的な一夫多妻制度が、男が女を占有し男に隷属させる制度であるとして、男女平等の婚姻として制定されたものである。これはケマル・アタテュルがかつてのイスラーム社会を世俗主義国家に転換した際におこなった改革とよく似ている。
それと私が毛沢東の功績として重く考えるのは、纏足の廃止である。中国では、唐の時代から女性の足を子供の頃から締め上げて小さくする纏足という風習があった。これは欧州で貴族女性の間で流行した極度に腰を小さくさせるコルセットなどと同様、女性の健康を大いに害するものである。中華民国時代から纏足に関しては批判もあったのだけど、中国から完全にその風習が一掃されたのは、文化大革命によってであった。
纏足は現在の我々からすれば到底受け入れられないような蛮習のように思えるし、実際これは女性が家庭内で虐待されても逃げられないようにするために始まった風習であるとも言われている。そうして考えてみれば、さぞ女性は無理やり纏足をさせられており、前時代的な社会において女性は服従するしかなかったのだろう、と思えるかもしれないが、そう話は単純ではない。

これが纏足靴である。纏足のためのものだと考えると禍々しく思えるかもしれないが、純粋にデザインだけを見れば非常にかわいらしく、繊細な職人の技術によって意匠が施されていることがわかるだろう。子供によく似あいそうである。
なぜ、このようなかわいらしいデザインなのか。当時の中国では、纏足靴を我が娘に送ることは親の愛情のあかしだったからである。そして、娘も纏足靴を親に贈られることを喜んだ。子供が喜び、大人が見てもかわいらしい、纏足靴はそういうデザインでなくてはならなかった。当時の中国では、「働かなくていい女性」というのは貴人の証であり、纏足は女性が農作業などの労働をせずに生きられる裕福な家の女性だけに許された一種のステータスである。娘に喜んでほしい、そして善き女性として生きてほしい、そんな親の願いが纏足靴には込められていたし、それを娘も受け取り、その価値観を愛情とともに内面化していた。それがかつての中国社会である。
(※1)
纏足はちょうど、お受験教育に似ている。これによって子供は遊ぶ時間も失われたり、時にはノイローゼから心身の健康を害して一生の傷を残すこともあるが、親は子に対して愛情からそれを勧めるし、子はその愛情にこたえようとしたり、それに耐える自分を誇りに思ったりする。顔の美醜などは生まれつきで決まってしまうが、纏足は努力によって自分を変えられる。そんな点もお受験と似ている点であろう。当時の中国は出自不問の難関試験科挙の国であり、男においては科挙の受験地獄が、女においては纏足が、当人の努力のあかしであり、親の愛情の証拠であり、エリートたちのステータスであった。
かつての中国社会はそのような価値観であったから、民国時代になっても纏足はまったくなくならなかった。むしろ、民国期には庶民も心置きなく貴族の格好ができるとして、逆に纏足が流行したという話さえある。それを粉砕するには、文化大革命のような劇薬に頼るしかなかったのかもしれない。
「天下の半分は女が支える」とは、毛沢東の言葉である。中国共産党は男女平等と女性の自立をスローガンとしていたから、文化大革命では纏足は女性を労働に従事できない身体にすることで家に縛り付ける反動的陋習として糾弾され、真に美しい足を持つのは労働者階級の女性、農村の女性であるとして賞賛されるとともに、貴族文化を一掃する過程で纏足も厳しく取り締まられた。こうして纏足の風習は中国から姿を消したのである。ああ、毛主席の功績は山より高く、御心は海より深い。
さて、トルコにおけるフェミニズムの話に戻る。これとトルコのブルカの禁止の話は非常によく似ている。ケマルが当初、ブルカを被った女性を死刑にしていたことは批判されて然るべきであるが、なぜそうなったかはこの纏足の話と併せて考える必要もあるだろう。
そして、おそらくはトルコのフェミニストたちは今後「ブルカを被れないのは女性差別!」と高らかに叫ぶであろう。これがどういう結果を招くか。この纏足が「どのような形で女性に受容されていたか」を見れば、おのずと答えは見えてくるはずである。
「ブルカをかぶれないのは女性差別」に始まり、「少女を性的なまなざしから守るためにブルカをかぶせないのは女性差別」「男に服従する自由を奪うのは女性差別」「女性の自由を奪う一夫一妻制は家父長制であり女性差別。イスラムの伝統的な一夫多妻制こそフェミニズム」「イスラーム戦士を育てるという聖なる役割は女性だけに担える崇高な行為」という大合唱がトルコのフェミニストから発せられると私は考える。ブルカを被るのも、屈強なイスラーム戦士を育てるのも、もともと女性のステータスであった。
そして、私は予言する。ブルカは「性的なまなざしから守るもの」としてトルコのフェミニストから再評価される。これに関しては、性的まなざし論がブルカをかぶせるのと似ているというアンチフェミオタクの懸念にも一理あると言える。一理だけだけど。
これは誰が何と言おうと確実に実現する未来である。一夫一妻の婚姻制度も家父長制だとしてフェミニズムの文脈から批判されるが、それが伝統的イスラームの一夫多妻制度と結びつくのも間違いない。実際、恋愛工学のカズ藤沢なんかも婚姻制度廃止派だし、その先行事例ともいえるナンパ師恋愛社会学者の宮台真司もフェミニスト面をしているし。
そして、イスラム原理主義と結合したフェミニズムを批判すれば日本のリベサヨは「それはオリエンタリズムであり帝国主義でありレイシズムであり植民地主義でありネトウヨでありネオナチであり女性差別であり自己決定権の否定であり信教の自由の否定であり宗教差別だああああああああああああアアアッッッッッッッッアッあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」と擁護し、ネトウヨもイスラム原理主義をリベサヨ叩きのために使い始めるに違いない。これはもう完全に予定調和であり、すべては定められたことである。こうなれば→こうなる、という宇宙の法則である。もちろん、ここで述べたように、オタクはトルコのフェミニストがブルカを支持すれば、「やはりトルコのフェミニストはブルカを擁護w」「やっぱりフェミはイスラム原理主義w」「これを批判するなんてイスラム差別ですか?w」とせせら笑うに違いなく、それで漫画やアニメが禁止されようと「やっぱりフェミがアニメを禁止したw」と笑うばかりでイスラム原理主義は不問とするに違いない。
この話をしてくれたトルコ人フェミニスト女性は同性愛などを擁護していたし、出生を女性の機能として尊ぶことに否定的であったので、イスラム原理主義と結合することはないかもしれない。しかし、それは彼女個人の話であって、トルコでそういったフェミニストは確実に現れるであろう。
「ブルカを被ることを強制している社会ではブルカが女性への抑圧になるが、ブルカを禁止してる国ではそれが女性の抑圧になる」とか「ブルカは女性差別ではなく女性を男性の性的消費から守り主体的に生きるためのもの」とか、そんな小理屈を並べてるうちに、いつの間にかフェミニストがイスラム原理主義に入れ替わっているに違いない。そう決まった。奴らの浅はかな考えなど手に取るようにわかる。
こうして、トルコで皆が女性がブルカを被りながら、男の性奴隷となることを自ら望む社会が完成し、それを否定するのは女性差別となる。外ではブルカを着て纏足靴を履き、1人の世紀末野郎に100人で仕えてボコボコにされながら子を10000000人産むのが女性の権利であり女性の誇りであり幸福であり、DVシェルターなどは自己決定権の否定であり女性の自由を奪う女性差別。
これまで世界は私の予言通りに動いてきた。ラディカルフェミニズムを前提としないリベサヨヴィーガン連中は悉くナチスと化したし、LGBTとフェミニズムが分離して自由主義やネオナチはLGBTと結合しフェミニズムは家父長主義と結合したし、ドナルド・トランプは台頭したし、フランスでは大暴動が起こったし、アメリカが人権理から脱退したように先進国において国連各部門からの脱退はEU離脱と同様に一種の世界的なムーブメントとなりつつある。これらはすべて私の予言通りである。
イスラム原理主義とトルコのフェミニストが結合する。この予言はフェミニストにもオタクにも、ネトウヨにもリベサヨにも嫌われ、否定されるだろう。しかし、私の予言は必ず当たる。好き嫌いは事実を同定しない。外れたら外れたでそんな未来はウソであった方がいいので、私が一人恥をかくだけで済む話だ。私は誰よりも私の予言が外れることを願っている。
(※1)この部分にはもともと「清王朝咸豊帝の時代、独裁的な権力を振るったとして有名な西太后は、自分の足が纏足によって小さかったことを誇りとしていたそうであるが、これは当時の中国社会のムードを反映する事象であると言えるだろう。」という文章が挿入されていましたが、西太后は満民族なので纏足をしてません。むしろ西太后は禁令を出してます。かなり記憶が混乱してました。当時の中国では清王朝がいくら禁令を出してもまったく纏足は終息しませんでしたし、纏足が女性にとってのステータスだった側面があるのは事実ですので、文章全体の論旨に変化がないことを付記し、この一文を削除します。ご指摘くださった猫柳さんに感謝! コメント欄参照。
で、こちらの続き。というか、ここからがこの件の本題。いや、真の本題はキン肉マンの話なんだけど、それはもういい。お前らに私の漫画の話は早かった。政治の話をしよう。
トルコのフェミニズムの「これまで」については、これでよいかもしれないけど、「これから」のトルコのフェミニズムに強い不安を私は感じている。というのも、この時の会話の間で飛び出た発言の中に、どうしても引っかかるものがあった。それはケマル・アタテュルクの評価に関して論じてた時である。
ケマルがフェミニストの活動を制限していたという話を聞いた私が「そういう話を聞いてるとケマルの印象が悪くなるなー」と言うと、彼女に「ケマルは女性にひどいことをしていた。昔はブルカを被った女性を処刑していた。」と返された。
私はこの時確信した。トルコでフェミニズムがイスラム原理主義と結合し、日本のネトウヨとリベサヨが大同団結してこれを擁護するように動く未来が到来する、と。
トルコ共和国の建国者ケマル・アタテュルクはイスラム世俗主義の実現者として多くの功罪がある。彼女も「ヒットラーやスターリンなどの独裁者と同じ」「トルコではケマルの肖像画を敬拝しなくては逮捕される」などの批判をしていたし、特に後者などは酷い話である。ゆえに、批判そのものは当然あってしかるべきものであろう。
そして、ケマルの功績とされているのが「イスラームの伝統的な一夫多妻制度を廃止し、男女平等の同意による一夫一妻婚姻制度を確立したこと」と「ブルカを禁止したこと」である。これは地元の焼き肉屋の待合室に置いてあったトルコ旅行ガイドに書いてあったので間違いない。(私のトルコに関する知識は、これと漫画「赤い河のほとり」に由来するものだけです)
その暗部として、法律の制定初期には苛烈にもブルカを被った女性を死刑にしていたのだろう。これについての批判はわかる。しかし、それは「明らかに刑罰が重すぎる」とか「刑罰ではないアプローチをすべきではないか」といった批判であるならば、である。私はここからどうにも「女性がブルカを被る自由を奪った」という批判のニュアンスであるように感じられた。
もちろん、彼女はそうはいっていないが、私は表層的な理屈だけで人の意見は見ない。その中にある無意識の意を見る。そこには、当人の考えや意見だけでなく、時代の流れや社会のムードも反映されることが多いからだ。
私はケマル・アタテュルクと毛沢東はよく似ていると思う。いずれも独裁者として批難されるが、同時に非西洋で近代国家を成立させた革命家として賞賛される存在である。実際、ケマルも毛沢東も、スターリンの政治体制を真似ていたので、近似するのも当然であろう。ケマルの罪の部分としてはクルド人への同化政策があり、これは毛沢東のチベットウィグルへの政策と似ているが、それについては今回は置いておく。
毛沢東の行った政治改革の一つに、一夫一妻の婚姻制度がある。これは中国の旧来儒教社会における伝統的な一夫多妻制度が、男が女を占有し男に隷属させる制度であるとして、男女平等の婚姻として制定されたものである。これはケマル・アタテュルがかつてのイスラーム社会を世俗主義国家に転換した際におこなった改革とよく似ている。
それと私が毛沢東の功績として重く考えるのは、纏足の廃止である。中国では、唐の時代から女性の足を子供の頃から締め上げて小さくする纏足という風習があった。これは欧州で貴族女性の間で流行した極度に腰を小さくさせるコルセットなどと同様、女性の健康を大いに害するものである。中華民国時代から纏足に関しては批判もあったのだけど、中国から完全にその風習が一掃されたのは、文化大革命によってであった。
纏足は現在の我々からすれば到底受け入れられないような蛮習のように思えるし、実際これは女性が家庭内で虐待されても逃げられないようにするために始まった風習であるとも言われている。そうして考えてみれば、さぞ女性は無理やり纏足をさせられており、前時代的な社会において女性は服従するしかなかったのだろう、と思えるかもしれないが、そう話は単純ではない。

これが纏足靴である。纏足のためのものだと考えると禍々しく思えるかもしれないが、純粋にデザインだけを見れば非常にかわいらしく、繊細な職人の技術によって意匠が施されていることがわかるだろう。子供によく似あいそうである。
なぜ、このようなかわいらしいデザインなのか。当時の中国では、纏足靴を我が娘に送ることは親の愛情のあかしだったからである。そして、娘も纏足靴を親に贈られることを喜んだ。子供が喜び、大人が見てもかわいらしい、纏足靴はそういうデザインでなくてはならなかった。当時の中国では、「働かなくていい女性」というのは貴人の証であり、纏足は女性が農作業などの労働をせずに生きられる裕福な家の女性だけに許された一種のステータスである。娘に喜んでほしい、そして善き女性として生きてほしい、そんな親の願いが纏足靴には込められていたし、それを娘も受け取り、その価値観を愛情とともに内面化していた。それがかつての中国社会である。
(※1)
纏足はちょうど、お受験教育に似ている。これによって子供は遊ぶ時間も失われたり、時にはノイローゼから心身の健康を害して一生の傷を残すこともあるが、親は子に対して愛情からそれを勧めるし、子はその愛情にこたえようとしたり、それに耐える自分を誇りに思ったりする。顔の美醜などは生まれつきで決まってしまうが、纏足は努力によって自分を変えられる。そんな点もお受験と似ている点であろう。当時の中国は出自不問の難関試験科挙の国であり、男においては科挙の受験地獄が、女においては纏足が、当人の努力のあかしであり、親の愛情の証拠であり、エリートたちのステータスであった。
かつての中国社会はそのような価値観であったから、民国時代になっても纏足はまったくなくならなかった。むしろ、民国期には庶民も心置きなく貴族の格好ができるとして、逆に纏足が流行したという話さえある。それを粉砕するには、文化大革命のような劇薬に頼るしかなかったのかもしれない。
「天下の半分は女が支える」とは、毛沢東の言葉である。中国共産党は男女平等と女性の自立をスローガンとしていたから、文化大革命では纏足は女性を労働に従事できない身体にすることで家に縛り付ける反動的陋習として糾弾され、真に美しい足を持つのは労働者階級の女性、農村の女性であるとして賞賛されるとともに、貴族文化を一掃する過程で纏足も厳しく取り締まられた。こうして纏足の風習は中国から姿を消したのである。ああ、毛主席の功績は山より高く、御心は海より深い。
さて、トルコにおけるフェミニズムの話に戻る。これとトルコのブルカの禁止の話は非常によく似ている。ケマルが当初、ブルカを被った女性を死刑にしていたことは批判されて然るべきであるが、なぜそうなったかはこの纏足の話と併せて考える必要もあるだろう。
そして、おそらくはトルコのフェミニストたちは今後「ブルカを被れないのは女性差別!」と高らかに叫ぶであろう。これがどういう結果を招くか。この纏足が「どのような形で女性に受容されていたか」を見れば、おのずと答えは見えてくるはずである。
「ブルカをかぶれないのは女性差別」に始まり、「少女を性的なまなざしから守るためにブルカをかぶせないのは女性差別」「男に服従する自由を奪うのは女性差別」「女性の自由を奪う一夫一妻制は家父長制であり女性差別。イスラムの伝統的な一夫多妻制こそフェミニズム」「イスラーム戦士を育てるという聖なる役割は女性だけに担える崇高な行為」という大合唱がトルコのフェミニストから発せられると私は考える。ブルカを被るのも、屈強なイスラーム戦士を育てるのも、もともと女性のステータスであった。
そして、私は予言する。ブルカは「性的なまなざしから守るもの」としてトルコのフェミニストから再評価される。これに関しては、性的まなざし論がブルカをかぶせるのと似ているというアンチフェミオタクの懸念にも一理あると言える。一理だけだけど。
これは誰が何と言おうと確実に実現する未来である。一夫一妻の婚姻制度も家父長制だとしてフェミニズムの文脈から批判されるが、それが伝統的イスラームの一夫多妻制度と結びつくのも間違いない。実際、恋愛工学のカズ藤沢なんかも婚姻制度廃止派だし、その先行事例ともいえるナンパ師恋愛社会学者の宮台真司もフェミニスト面をしているし。
そして、イスラム原理主義と結合したフェミニズムを批判すれば日本のリベサヨは「それはオリエンタリズムであり帝国主義でありレイシズムであり植民地主義でありネトウヨでありネオナチであり女性差別であり自己決定権の否定であり信教の自由の否定であり宗教差別だああああああああああああアアアッッッッッッッッアッあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」と擁護し、ネトウヨもイスラム原理主義をリベサヨ叩きのために使い始めるに違いない。これはもう完全に予定調和であり、すべては定められたことである。こうなれば→こうなる、という宇宙の法則である。もちろん、ここで述べたように、オタクはトルコのフェミニストがブルカを支持すれば、「やはりトルコのフェミニストはブルカを擁護w」「やっぱりフェミはイスラム原理主義w」「これを批判するなんてイスラム差別ですか?w」とせせら笑うに違いなく、それで漫画やアニメが禁止されようと「やっぱりフェミがアニメを禁止したw」と笑うばかりでイスラム原理主義は不問とするに違いない。
この話をしてくれたトルコ人フェミニスト女性は同性愛などを擁護していたし、出生を女性の機能として尊ぶことに否定的であったので、イスラム原理主義と結合することはないかもしれない。しかし、それは彼女個人の話であって、トルコでそういったフェミニストは確実に現れるであろう。
「ブルカを被ることを強制している社会ではブルカが女性への抑圧になるが、ブルカを禁止してる国ではそれが女性の抑圧になる」とか「ブルカは女性差別ではなく女性を男性の性的消費から守り主体的に生きるためのもの」とか、そんな小理屈を並べてるうちに、いつの間にかフェミニストがイスラム原理主義に入れ替わっているに違いない。そう決まった。奴らの浅はかな考えなど手に取るようにわかる。
こうして、トルコで皆が女性がブルカを被りながら、男の性奴隷となることを自ら望む社会が完成し、それを否定するのは女性差別となる。外ではブルカを着て纏足靴を履き、1人の世紀末野郎に100人で仕えてボコボコにされながら子を10000000人産むのが女性の権利であり女性の誇りであり幸福であり、DVシェルターなどは自己決定権の否定であり女性の自由を奪う女性差別。
これまで世界は私の予言通りに動いてきた。ラディカルフェミニズムを前提としないリベサヨヴィーガン連中は悉くナチスと化したし、LGBTとフェミニズムが分離して自由主義やネオナチはLGBTと結合しフェミニズムは家父長主義と結合したし、ドナルド・トランプは台頭したし、フランスでは大暴動が起こったし、アメリカが人権理から脱退したように先進国において国連各部門からの脱退はEU離脱と同様に一種の世界的なムーブメントとなりつつある。これらはすべて私の予言通りである。
イスラム原理主義とトルコのフェミニストが結合する。この予言はフェミニストにもオタクにも、ネトウヨにもリベサヨにも嫌われ、否定されるだろう。しかし、私の予言は必ず当たる。好き嫌いは事実を同定しない。外れたら外れたでそんな未来はウソであった方がいいので、私が一人恥をかくだけで済む話だ。私は誰よりも私の予言が外れることを願っている。
(※1)この部分にはもともと「清王朝咸豊帝の時代、独裁的な権力を振るったとして有名な西太后は、自分の足が纏足によって小さかったことを誇りとしていたそうであるが、これは当時の中国社会のムードを反映する事象であると言えるだろう。」という文章が挿入されていましたが、西太后は満民族なので纏足をしてません。むしろ西太后は禁令を出してます。かなり記憶が混乱してました。当時の中国では清王朝がいくら禁令を出してもまったく纏足は終息しませんでしたし、纏足が女性にとってのステータスだった側面があるのは事実ですので、文章全体の論旨に変化がないことを付記し、この一文を削除します。ご指摘くださった猫柳さんに感謝! コメント欄参照。
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コメント
1. 纏足という風習は謎だらけ それゆえに怖い
確かに行われていたんだけど……???が多い。
西太后に関しても、本来満州族の女性はしないので、してません。実際、西太后の靴は纏足シューズではないです。でも、昔の貴族の女性は全然歩かないので、足は小さいかと。しかし、そういう噂が一人歩きしている。(清朝は禁止令を出していたが、徹底されずじまいでした)
纏足それ自身が、漢民族以外の民族の風習だった可能性が大であり、その実態は謎だらけ。
(最近の研究では、明清時代は、割と女性の社会参画が進んでいたというのも論文で見たことがあります。軍事警察の分野にまで女性がいたというので、彼女たちが纏足をしていたとは思えない……。)
そも、女性史というのは、記録に残るところが少ないため、実態が解らない。(それ自体が、女性の立場の弱さを示している)
そのため、もっともらしい伝統を作られると、それに縛られることになる。(夫婦同姓なんてこの典型です。江戸時代は割と武家でも、そこらへんは緩かった。今の選択性別姓みたいなイメージです。こ
れも儒教的なものからの解放をイメージしてそうなっていった可能性があります。儒教では女に帰る家がないから、かわいそうだから夫の家の人にしてあげよう、みたいな理由。
何でもかんでも儒教に絡めて説明する理論は、きな臭いと思っております。
悪いことの理由にされすぎな、儒教。いつも思うんです、仏教やら道教やらはどこへ? と)
原理主義と植民地支配というのも、深い関係があると私は睨んでいます。
(新手のコロニアルである ダイバーシティーっていうか、移民社会? に入ってから、原理主義が興隆していることに、なんとなく嫌なものを感じて……)
なんとなく、その予言は当たると思います。
2. Re: 纏足という風習は謎だらけ それゆえに怖い
当然ながら四書五経にも纏足のての字も出てきません。孔子も孟子も纏足なんぞ知りもしないはずですが、纏足を儒教の教義か何かだとして話す人の多いこと、多いこと。そこで「纏足は唐の時代に伝わった風習だと言われていて、儒教から始まったわけではない」という話をすると、「でも儒教は纏足を否定しなかったんだろ」との反論が出てくる。それは別にいいんだけど、キリスト教とコルセットに同じことを言うかっていうと言わねーんだもんなー、あの連中(キリスト教を叩く意図はないです)。儒教叩きという結論ありき。「儒教は女性蔑視だからクソ」と「韓非子は素晴らしい」が両立する人とかねー、ウヨサヨ両方にいるけど、韓非子の方が女性蔑視ひでーしドン引きだったんだけど。
なんだったかな、ネットで話題になってた「史上最強の哲学入門書」とかそんなタイトルの本、どこかで「士農工商は孔子が作った身分制度で~」という一節が挿入されててずっこけた覚えがあります。士農工商って孔子より前の時代の管仲が言ってるし、孔子は制度なんて何も作ってないし、だいたい「士農工商」ってもともと「あらゆる職業」くらいの意味だし、陳勝が言ってた「王侯将相」だって「身分が高い人たち」くらいの意味だし……というのは西洋哲学の入門書なので勘違いということで置くとしても、その著者もそんな認識で今度は「史上最強の哲学入門書東洋思想編」とか出してて、いろいろアレでした。内容は浅野裕一の孔子神話をネットで聞きかじってそのまま写したような内容でほんと酷かった。
ネット上の儒教叩きって全面的にアレで、漫画だと蒼天航路とか、作品自体は面白いものなんですけど、その読者がアレをそのまま真に受けちゃったりすると悲惨も悲惨。「曹操が自由な詩を作るまで中国では孔子を讃える詩しか作れなかった」「曹操以前の画家は孔子の肖像画しか描けなかった」「曹操は儒教を一掃して法家による支配を打ち立てようとした」とか、どこの平行宇宙の話やねん。あの描写は欧州のキリスト教とルネッサンスが戯画化されたものを儒教と曹操に(無理やり、エンターテイメントとして)当てはめて描いてるだけで(んなもん見りゃわかるだろ。お前ら私より勉強できるじゃん)、お前らが大好きな曹操の短歌行なんて詩経の引用だらけで周公の挿話まで出てくるじゃねーか、あの詩は全編儒教じゃないところがないような詩なのに、とかいろいろ言いたいことだらけです。中国史関連とか、とにかく儒教叩いとけーみたいな気色悪い連中だらけでキッツい。
あと儒教叩きって韓国叩きや中国叩きに利用されてばかりだし……。それだけで印象最悪。それでよくつかわれる浅野裕一の孔子神話とか、私が論語読む前(つまり孔子に古臭い思想を説いてた奴くらいの印象しかない時期に)に読んだにも関わらず、孔子が貧しい母子家庭の出自だったことをねちっこくあげつらう内容で胸糞悪いったらなかったですね。研究としての当否は知らんが書いてる奴はクズだな、としか思わなかった。持ち上げてる連中もネトウヨやらインテリ至上主義やらばかりでマジ気色悪い。ウヨサヨインテリ呉越同舟の儒教叩きとイスラム原理主義擁護はネット名物です。
孔子は王権を否定したわけではないけど、世襲身分制度に風穴を開けたのは「有教無類」の思想じゃないですか。そりゃ伊藤仁斎も至れるかな、大なるかなと感嘆して最上至極宇宙第一の書だと言いますよ。これが西欧に渡って普遍的近代が発生したんだから、そのダイナミズムたるや人類における思想の力にただただ感嘆するのみ。
にもかかわらず、なぜか「世襲身分制度は儒教のせい」なんて話まで出てくる始末。これ、異常事態ですよ。科挙知らねーのか。知ってて言ってるから問題なんですよ、こいつら。英語の授業でFour seasonも国語の授業で春夏秋冬も音楽の授業でヴィヴァルディも習ってて、いい子ちゃんだからそれもちゃんと覚えてるのに「日本にしか四季はない」と言ってるネトウヨ連中と同じ。ネトウヨは福沢諭吉の学問ノススメを齧って「中国や朝鮮では儒教のせいで世襲身分制度だったけど、日本では学問によって人の価値が変わると主張した福沢諭吉がそれを破った」とかいう認識だったりして、お前いいかげんにせーや、と。「学問によって人に差が出る」って荀子の冒頭に書かれてるし、「学問ノススメ」ってタイトルからして荀子の「勧学篇」じゃねーか。2000年遅れだよ、とか。
とまあ、私は儒教叩き叩きになると私は止まらなくなります。なんでも儒教のせいにする儒教ノセイダーズは本当に勘弁。桜井誠の政治運動の師匠って元毛沢東主義者なんですよ。納得感しかない。
毛沢東は功罪ありますが、政治的アジテーションとして儒教を悪玉に認定し単純化したあらゆる陋習を儒教に詰め込んだ対立構図を作り上げたことについては現在に至るまで多大な後遺症がありますね。これの何がたちが悪いって、みんなが無自覚なことです。自分が毛沢東主義的な儒教観に影響されてると気付いてないネトウヨや歴史オタクって多いでしょう。韓愈に後漢三賢として顕彰された儒者の王充について「儒教が大嫌い!」と紹介されてる三国志サイトを見て「とほほ……」となったり。あれって毛沢東の文革期の認識から主に広まってるよなー、と。アノーツトムとか。しかも、書いた奴を見てたらどうも中国共産党大嫌いなネトウヨだったようで。非韓篇で韓非子の法律至上主義の批判に孔子の言葉を引用する王充の美しさがわかんないかなー、この人たち不幸だなーって。
女性蔑視についても、間違っても儒教を男尊女卑でないと擁護するわけではないですが、武則天を皇帝として認めてたのも儒者だったじゃん(女だからと否定したのも儒者だけど)とか。別にキリスト教や仏教を否定するわけじゃないけどさー、儒教に悪を全部押し付けるなら言わせてもらうけど、キリスト教の「女はただの土壌に過ぎない」とか、仏教の「女はクソ袋」とか「臭穢不浄、悪口、無反復、嫉妬、慳嫉、多喜遊行、多瞋恚、人多妄語、所言軽挙」とか、そういうのって「女子と小人養い難し」より遥かに酷くね? とか。儒教だと父母の両方に孝を尽くすじゃん、とか。ああ、しまった。止まらない。
フェミニズムにおける「男性社会への逆張り」って(これはご指摘の通り、男性中心社会による女性史の欠如の問題なので当人たちに責任を帰するのも違うと思うものの)結構ズレが起こったりしますね。日本では「男に隷属させるために夫婦同姓があり男女は姓を別にすべき」という論がありますが、中国や朝鮮だと「女を産まれた家に従属させるために、女性は結婚しても姓が変わらない」とか、それが知識として正しいか間違ってるかより、結局解決にならないことが問題だと感じたりします。かえって男尊女卑を強化する恐れもあるでしょう。今回の予言もそういう過去からの類推です。
移民推進政策なんて帝国主義時代に国外に植民地をつくってたのに代わって国内に植民地をつくってるだけですもんね。上野千鶴子さんが移民推進政策を批判してウヨサヨの両方に袋叩きにされてましたが、あれは上野千鶴子さんがまったく正しかったと思います。
旧植民地が民族的アイデンティティを取り戻すために、自分たちの宗教的価値観や民族的価値観を過剰に押し出すことで陋習が過激な形で復活することはよくあるようで、インドのカーストは現在の方がイギリスに植民地化される前よりひどいらしいとか、イスラーム世界で同性愛者はもともと現在のイスラム教圏で過激化されるようには弾圧されておらず案外なあなあだったとか、そういった話はよく聞きます。
こういった現象の列に、私は日本の大日本帝国コスプレネトウヨも加えていいと思います。トランプブームもその類型だと思っていて、既に世界中に植民地でない国はなくなってるんじゃないか、それがネトウヨやトランプ大統領当選なのではないか、ということを私はよく考えます。私には、ISISもネトウヨもトランプ支持者の白人至上主義者も、全部「コスプレ」に見えるのです。
3. 教科書をそのまま鵜呑みにするエリートたち
纏足について、私がいつも疑問に思うのは「どう考えても妓楼の文化だった」ことを、偉い歴史学者が無視してきたことです。(特に京都学派、みんな祇園で遊び呆けてたくせに。あ、だからか?)。唐の末期、妓楼の文化が色々と興隆した。その中で「ひいきの女の子」の纏足靴を持ち歩いていたとか、そういう文化ですよ。(そうなると、纏足を施す理由に、脱走防止以外に、性的な理由がたくさんあるのにも納得)
真面目な学者ほど、そういうところに行かない、浮気しないので、「よう解らん」文化だったのではないか。
庶民にもそれが広まったのは「もしもの時いい妓楼に売れる」(しかも、それが、女性の職業選択的に、よほどマシだった)からだった、というほうが、儒教悪玉論より納得できます。つまり、経済合理性の問題です。北宋時代明時代に、庶民にも広がった理由も、これで説明できます「異民族流入と、動乱、戦乱」が続いたから「もしもの時のために・・・・」が横行し、一般化した。
第一「異民族が許せん!」で娘の足を折る、って意味がわからないですよ。男女共にスパルタ教育する、ならまだしも。
毛沢東が纏足を廃止できたのは、妓楼の解体があったこそだと思います。思想闘争だけなら無理です。
妓楼のオーナーと政治がくっついていた国民党の時代には纏足が流行りますよ。政治がそれをアシストしていたわけですから。同時に、それは、農村からの搾取ありきの話です。(日本の妓楼でも、東北からくる女性が多かった。花魁に宮城とか、宮城野という源氏名が多い理由です)
農村改革と儒教にも長い歴史がある。
特に、旧法新法(これも教科書から外された)の戦いです。
教科書は旧法に関して誤解を広めている。実際は、 旧法も新法も、なかなかに革新的な思想をしていたことで、旧法=保守とも言えないことです。せいぜい慎重派ぐらいのものです。方法論の問題です。事実、旧法派の一番の懸念だった「国が農村に金を貸すと、それを目当てにした、妙な悪徳商人が増えるだろ」は当たったわけです。で、朱熹の弟子たちは、南宋時代には、金ではなく”苗”を貸し出すことにした、現物支給現物返済です。朱子学の興隆はこの成功があってこそです。
一つの思想に 保守性と革新性の両方の面を持ち、それが積極的に現実に関わっていく、儒学の凄みがある。そもそも、士が貴族に対抗するために生まれ、皇帝の権力を援護しつつも、貴族を打破し、明代では王権否定をする思想が生まれ、男女別の思想を作りながらも、その垣根を壊そうとする学者も現れる、そういう思想なので、本来なら「東洋史」は「儒学者」の歴史でないとおかしいぐらいです。エリートはエリートのくせに勉強が足らないから、安易に否定すりゃいいと思っている。孔子の偉いお言葉を信じていた、ぐらいのゆるい思想だったら、あの諸子百家の国で生き残れるはずもないのです。儒教はそれそのものを否定されることさえ、その内部に含んでいる複雑なもので、ある意味、”世のため人のため”なら否定されても孔子は笑って許してくれるでしょう。
大体の問題はもっと複雑で、安易に二項対立に持って行ってはいけないのですが、エリートほど、二項対立が好き。
福沢諭吉に関しても、教科書に書かれているようなことだけを信じていたら、絶対にわからない人です。それもK大学にネームバリューだけを求め入学した人ほど、著作を読んでませんよ。儒学から大きく離れたことも言ってないし、明代の儒学をかじっていれば新しくもないのがわかる。(ものすごい功罪のある人には変わりない。しかし、功罪のない人って、何もしてないのと一緒だから……)
脱亜論に関しても、興亜会と甲申政変をどう評価するかによって見方が変わってきます。彼にとっては朝鮮から来た教え子を李氏朝鮮と清朝(あと日本政府)に殺されたようなものであり、あれぐらいのことを書く精神的理由があります。甲申政変の後であり、それに関わった人物が彼の教え子で、その末路が・・・、という情報を”全部抜く”と、ネトウヨ好みの言論になりますが、ですが、そんなに簡単なことじゃない。(彼をどう評価するかは別にして)
でも、近代本政治の大問題である、興亜会と甲申政変を、歴史の教科書はサラリとしか触れません。(ただのナショナリズムと片付けられていますが、興亜会解体後の歴史を考えると、そんなもんじゃないです。どう評価するかは別として)
K大がいち早く詰襟の制服を取り入れたのも、女性の社会進出と関係があって、元から貧しい旗本の家が幕府がなくなるとより貧乏になり、娘を芸者にするということが増えたからです。(あと当時のK大学生は、旗本の子弟が多かった)当時の女性なら誰でもできた”針子”の仕事を増やすために、制服を取り入れた。子供を同じ格好させて縛るものではなかった。
彼の女性論で一番特徴的だったのは「結婚したら、男女共に名字を合体させて、新しくつくれ」です。 そもそも、現行の戸籍制度の始まりは、「ナポレオン法典」(東大生大好きナポレオン)の真似をして徴兵をしやすい(身分出自がわかる)制度設計をしたからです。儒教云々なんて嘘です。 つまり、結婚たびに名字の創出をされると、その家の親や先祖を辿れなくなるから、制度の意味がなくなるわけで。
移民政策批判をすると右っぽく思われますが、移民政策の実際
のところは「田舎にお金落としたくないから移民いれろ!俺は脱税が大好きだ! 田舎もんは都会に出れないなまけもんだ!」というネオリベ思想が根幹。ほとんどがそういう企業人の意見で推進されている。そして、リベラルがアシストし、ウヨが逆の方向からアシスト……(お前らグルなんじゃないか? とか思っちゃう)。
しかし、そのネオリベ企業人が、ITと大型コンテナという発明の結果生まれた業種の人ばかり。
実は、功罪ありまくりの産業革命っていうのは、田舎にインフラを通した結果、田舎に余剰生産できる力ができ、それによって職業が増え、今まで土地をもらえるわけでもないのに、農家をやるしかなかった人たちが都会で働けるようになり、産業が振るう、ということを意味するらしいです。明治時代を過大評価しているこの国では嘘を教えている、生糸生産ぐらいで産業革命? と。日本の産業革命はせいぜい1950年代に起きたぐらいだという人がいました。(その証拠に、日本で毎朝卵を食べられるようになったのがそれぐらい。朝食ハムエッグは産業革命の産物らしいです)
実際は、みんなで貧乏を耐える必要もなく、田舎にインフラやお金を渡して、田舎で5G革命を起こせば良いだけなような気が……(中国で今起きていることですね)。
移民抑制まではよくても、結局は、東大教授様ですから。
「田舎もんに金やりたくないわ」までは一緒ですよ。
都会には自浄作用が全くないため、農村部が崩壊するより先に、都会が崩壊していくわけです。何もしなくても包囲されているのです。都会人は農家に働いてもらわないと餓死するしかないですよ。輸入に頼るたって、港湾関係者に頭下げないでしょ、ホワイトカラーのエリート様たちは。(えらてんは間抜けだなぁ……)
現代、「企業による植民地」が都会で、都会って政治によって変化が起きにくい場所でもある。だから、一度崩壊したら、逃げ場がない。
(都知事なんて誰がなっても一緒っていうのは現実であり、実際でもある)
さらに間抜けなのは、ネオリベにかぎって「田舎者め! 批判するならシンガポールに逃げるもん!」って言い出す始末(ちょっと前だと金持ちの逃げる場所は香港だった。その結果、香港は世界で一番土地が高いところに。すぐ隣の深センと比べると2・5倍の差がある。GDPも深センの方が上。収入も変わらない。”脱税できない以外”、今となっては深センの方がインフラも新しいからいいところです。少なくとも同じ家賃で2部屋ついてくる。住宅供給を増やそうにも、植民地時代から土地持っている金持ちが「あそこは自然保護地区」だ、とゴルフ場指差して言う世界です)
ネオリベ大好きシンガポールみたいなところは金持ち移民が増えすぎると、アホみたいに地価が上がるので、庶民の生活を圧迫することはわかりきってます。かといって、それを平均化するために、田舎や郊外に住宅を作るという手も使えない。(政治制度があれでも、シンガポールの住宅供給能力は高く、公共住宅の家賃は5万ぐらい。その供給能力が壊れたら問題が起きる)
今年の台風では、ついに、関東の農村地区が大打撃を受けましたよ。よく「雨男云々」で笑っていられるな……。(二世三世議員って、東京育ちだから地方の災害の怖さがわからないのかと思っていたら、そも、東京人が持っていてあたり前の 千葉茨城栃木群馬に飯を食わせてもらっているっていう感覚がない時点で……もうね)
要は、江戸200万人都市だって自慢しますが、誰のおかげだって言われたら、周りを取り囲む武蔵下総下野の農業生産力の賜物ですよ。ただ、この生産物を運ぶためには、川の整備が不可欠だった。
コスプレ、それも、現実逃避型のコスプレですよね。ますますわけのわからないことが起きる。
これから世界中の都会が崩壊していっても不思議じゃない。
4. 女のわがままは無敵っす!
怖いっす!
5. Re: 教科書をそのまま鵜呑みにするエリートたち
そういえば、この話を聞いてて思い出したのですが、民国時代の方が清朝時代よりアヘンが民間に流通していたという話も聞きます。国民党政権はバティスタ政権と同様の腐敗の仕方だなあ。これも毛沢東時代の共産党によって中国から駆逐されましたが。(現在は復活してると聞いた)
ただ、アヘンも纏足もそうですが、「思想戦だけで駆逐した」というのは違いますが、たとえば京劇役者を吊し上げるほどに徹底した性風俗の取り締まりが妓楼文化を駆逐したのでしょうし、やはり思想の影響は大きいでしょう。アヘンにしても、実際は共産党のお偉いさんはアヘンやってたんじゃねーの、と思いますし、共産中国の制度に移行することで経済がいったん崩壊したから流通経路が失われたなどの偶発要因込みでアヘンが駆逐できたというのが実際だと思いますが、その状況の最適化させたのは思想であろうと思います。思想って無自覚にさまざまな形でつながりあって構築されるものですからね。人民公社などでの女性就労を徹底しなければ、妓楼文化を駆逐しても纏足は残ってたでしょうし、そもそもああいった社会設計をすることが前提でなければ妓楼文化は駆逐できなかったし、しなかったでしょう。思想と実体は常に表裏の関係。
日本軍の精神主義も儒教のせいだと言われがちですが、かつてのフランス軍こそ精神主義の権化ですしね。あれは軍事に基づいた国民国家形成の過程でよくある話なんじゃないかなーと想像します。不条理な仲間意識の形成とゆーか。自由民権運動から国家総動員法までの過程って、近代国民国家形成の過程でしょう。それまで国民意識なんて地方に根付いてなかっただろうし。っていうか、儒教ってそんなに根性押しか? そういうのを読み取ろうと思えばいくらでも読み取れるけど、取り立てて言うほど際立った根性押しには見えないけど……。
年功序列もねえ、科挙って別に年功序列じゃないし、一歳刻みの先輩後輩の上下関係なんてイギリスの学校なんかの影響でないの、と思ったりします。これに関しては儒教が結びついてさらに強化された可能性は否定しませんが、それより階級社会の問題が大きいんじゃないかな。知らんけど。
王権否定といえば、孔子の時点ですでに(おそらくは孔子が無自覚のうちに)王権を相対化してますね。「夷狄の君あるは、諸夏の亡きに如かざるなり」はよく異民族への差別として否定されますが、これは文化の力が王権を超えることを述べた言葉と読めます。おそらくは孔子の直近の時代に周に空位時代(共和)があったため、それでも存続した周王朝を念頭に置いての言葉でしょう。この時点で、中華は土地じゃなくて概念なんですよね。だから九夷でもオッケー、オッケー。(そこで舞い上がってやっちゃったのが日本)
で、この記事について、一応補足しておきます。
・この記事で儒教の文言は一夫多妻制に関する説明の一回きりで、これはイスラームの婚姻とのアナロジーを成立させるために持ち出した表現ですが、実際に儒教の一夫一妻(もう少し正確に言えば、本妻以外の妻を娶る制度)が、旧来儒教における父権中心の家父長制に基づいたものであるという点に関しては事実であると考えます。だからこそ、いたずらな儒教否定に(過度と言っていいほど)否定的な私がここでは儒教を持ち出してます。
・この記事では一夫多妻を儒教によるものだとしてますが、纏足を儒教によるものだとしてません。文化大革命において纏足が不労貴族の文化として糾弾されたのは事実ですし、纏足を誇る上流階級の女性が多く存在したのも事実です。この記事では、ほかに多くの部分で纏足に関して断定せずに「こうである」ではなく、「こういう認識があった」という体裁で書いてます。
先ほどのレスで毛沢東批判をしておいてなんですが、この記事自体はテーマを絞った話ですので、さまざまな面は捨象して書いてますし、一種のアジテーション的な側面はあります。
都市が先に崩壊するというお話、大変興味深いです。ただ、どのみち近代国家による貨幣経済が都市集中を加速させてるのですから、地方にお金を回しても、そこから脱却しないとどうしようもないと思います。ITに関しても格差への対策としては微妙で、仮想通貨なんかもグローバリズムに回収される場合、さらにドツボじゃないかと感じたりもします。
よく「ピラミッドの建設のように公共事業をすれば労働者にお金が回る」と言われますが、アダム・スミスが見えざる手について論じた際に持ち出されたピラミッドは金持ちから貧困者に直接お金をばら撒いているから成立する話です。近代国民国家における公共事業としてのインフラ整備に用いられる税金は主に国民の血税というタテマエであって、その投入先は企業となります。なので、「みんなのお金を企業に回す」という形式にならざるえませんから、金持ちに重税を課して貧困者を免税してもまだ足りません。ケインズを断片的に読んだ際、このあたりが非常に疑問でした。社会構造を根本的に変えないとダメでしょう。
地方に金を回しても、国の貨幣は結局その国の都市に回収されるだけです。現行の貨幣経済に頼る限り、日本という国民国家の強大な中央集権体制と、そこに付属した巨大企業に回収され続けます。
天下が乱れて極限に達した現状ではアダム・スミスもケインズもお呼びではありません。やはり、これを打破するには、今まさに我々が論じている国民党の政治を叩き潰した共産党が文化大革命をいう劇薬を用いたように、暴力を用いた粉砕――といきたいところですが、地方は若年者がいないので現在は農村から都市を包囲する暴力革命が難しいでしょう。
ここはやはり、地方に独立した経済圏を構築するしかありません。これだけ土地が地方に余って、都市に人が集中し、安い賃金で娯楽も享受できずに狭い部屋に住んで疲れ果てたまま自室にこもってインターネットを使って、貧困だなんだと言い続けている現状は異常です。地方で武装し、土地を囲い、独自の経済圏を構築しましょう。
だから私は常々言ってます。日本は分れて百余国を為せ、と。
ノリでいろいろ書きましたが、これから都市部では「現行の貨幣経済が割に合わない」と感じる人は増え続けるでしょう。金は情報でしかなく、物そのものでもないし、人の働きそのものでもありませんから、その剛柔が相和しなければ、それは自ずと人の行いに顕在するに違いありません。おそらく、都市部では年収1000万円の層が「裕福でない」と実感しているでしょうし、その感覚が間違っているとも思いません。都市は現在も静かに崩れ落ち続けています。
たぶん、植民地独立が時に古い宗教や民族的な道徳を強化するのって、独自の排他的な経済圏を構築するためではないかと思ったり。
ところで、私は上野千鶴子さんの「平等に貧しく」という文言はまったく正しいと思います。経済的平等とは、金持ちの財産や所得を制限するのですから、「平等に貧しく」にならざるえません。金持ちを好きなだけ金持ちにしてそのおこぼれで平等になることなんてありえませんから。
毛沢東時代、人民公社は無料でご飯が食べられてたし、実は貧困者がスラムに溢れかえっていた民国時代より飢えや貧困は改善していたとも言われています。しかし、それが仮に正しいとしても、初期の共産中国のありようは「一緒に豊かに」ではなく「平等に貧しく」であるのは間違いない。結果的に全体が豊かになったとしても、です。
初めて論語を読んだ頃は、「寡なきを患えず、均しからざるを患う」という言葉に対して疑問を持ってましたし、抑圧的な清貧思想ではないかと少なからず反発を感じていたのですが、今はよくわかります。
6. Re: 女のわがままは無敵っす!
7. 女がフェミニズムを頼る前に!
きばるっす!
8. No title