"漢文練習"カテゴリーの記事一覧
-
前回の続き。全訳に着手しているもの
The Analects(英訳論語)
これは語釈にめちゃくちゃ手間がかかっており、そのせいで更新できていないのが明らか。どうしよう。第一章だけは余釈以外ができているので、可能な限り早く上げたい。球陽記事
今年の春に沖縄にいったのがきっかけでネット検索して発見したもの。琉球国の史書。朝鮮、越南に続いて遂に琉球! というわけである。全24巻+附巻4巻+外巻4巻であり結構多いけど第1巻の途中までしか訳していない。何気に19巻+外紀5巻+続巻5巻の大越史記全書より巻数が多い。全訳できる気がしない。でも少しずつやるつもり。陸賈新語
前漢の儒者である陸賈の著書。読んだ感じ、これは潜夫論にもおそらくは影響を与えていて、漢の儒教を解き明かすにあたって重要な典籍だと思う。それに朱熹自身の著した朱子学の入門書である近思録とも構成が似ていて、不明でよく知らないけど後世において自由著述の儒書におけるスタイルの型も確認したいので、その最古級である本書はちゃんと読んでおきたいところ。道基第一はすべて書き下した。全十二章で構成されているのでまだまだ先は遠い……。これまた2023年7月から放置中。神滅論
南北朝時代の儒者の著書。この頃には仏教が大いに流行したので、これに対抗するため儒教は仏教批判の理論を構築することになった。その際のもの。この神滅論は中国の無神論だと説明される文章が非常に多いが、ここでの『神』は『精神』のことであり死後に人間の精神・知覚が消滅することを主張したものであって、一般に言う超越的な存在や信仰を否定する無神論のことではない。仏教は輪廻転生・地獄等の概念を用い、死後の精神の存在を信仰する。これに対して死後に人の精神が消滅すると儒者が主張したもの。儒教において死後の精神を以下に扱うかは実のところ定まった方がない。孔子が怪力乱神を語らず、鬼神を敬してこれを遠ざくとか、未だ生を知らず焉んぞ死を知らんやとか言っていたからだ。儒者が死後の精神の消滅を断じたことが珍しいと言えば珍しい。ネット上だとなぜかブッダが死後の精神の存在を否定したという説がまことしやかに流布しているけど、これは仏者の謀略(たばかり)である。近代化にはまったく貢献せず、その後になって突然あたかも仏教は無神論だの哲学だのであって宗教じゃないんだ主張し始めた恥知らずの仏者どもを……みたいな話は今度また別の機会に。これは一昨日、無理やり訳をすべて終わらせた。なので全訳完了未公開状態である。真誥
序文だけ今年8月にちょろっと訳した。興味はあるんだけど優先順位は高くない。神道の原型を構築したもの……だとオカルト系の人が言っていた。とりあえず序文だけさっさとホームページに掲載しておこうと思う。列子
私はよく論語とか孔子とかの話をしているけど、これらは対話の対象であって素の私に近いのは列子である。内容はこれぞ中国の書籍ってカンジで、おとぎ話や笑話的な説話を含んでおり、肩の力を抜いて是非みんな読んでほしい。私としても徳間書店版の『中国の思想』の『老子・列子』で訳文を読んだだけなこともあって、漢文を読めるようになったらぜひとも原文を読みたいと思っていたし、ブログでも早い段階から何度もめちゃ拙い訳文を掲載している。今ならもっといい感じで訳せるゾ。ある意味では故郷に帰るような気持ちで私も訳してみたくなったわけである。すいすい訳せて天瑞篇がすぐに訳せてしまった。頭にもすいすい入る。読み直してみると、けっこう自分の思想的な軸になっている古典だと改めて思うというべきか、それとも素がそうだから初めからこの古典が自分っぽい考えが多いのか、もはやまったく判断がつかない。ホント自分に馴染む古典だ。こういう存在はありがたい。10年前から言っていることだけどさ、これぞ中国の古典って感じなのよ、私にとって。好き荘子
老子道徳経
那先比丘経
神皇正統記
ただでさえ訳が途中の漢籍がホームページにごろごろ転がっているのに更にこんなにできるわけがない! アホなのか?しかし他にも一部訳をもくろんで手を付けているものが以下。
講孟箚記
律蔵
聖書
いやあ、どうなっちゃうんだろうね……。封神演義
一昨年くらいから訳してて昨年の1月には放置。さすがにこの全訳はやる気なし。どこまで訳すか不明。モチベなし。確かカクヨムに投稿しようとしていたんだった。まだ探したらあるはずなんだけど、とりあえずこんな感じ。うおおお、明日は必ずホームページを更新する!
PR -
興味のある人がいるのかわからないけど、訳している漢籍について現状整理。
論語注疏
やるやる詐欺。とはいえ一応は八佾篇(第三)の中盤である子曰君子無所爭章まで訳している。更新は為政篇(第二)の子曰攻乎異端章まで。本来的にはこれを先にすべきなのだけども。ちなみに漢文翻訳を始めたばかりの頃の拙い訳が為政篇(第二)の二番目の子曰詩三百章まで進んでいたんだけど、リニューアルして新訳が既に追い越している。未公開分は比較的新しく、4月から5月頃に訳したものが多い。放置期間は半年近いんだけど、他は1年とか2年とか平気で放置しているので。三国史記
一応は全訳が完了! 典籍としてはホームページで唯一の全訳公開中の漢籍である。しかし初めての漢籍全訳であり訳が拙いのでリニューアル作業にすぐとりかかったものでもある。リニューアルは現在、新羅本紀と高句麗本紀は二巻、百済本紀は一巻、それと列伝がいくつか公開されている。未公開で訳が終わっているのは、新羅本紀は3巻の翻訳に去年4月に書き下しに着手していたみたい……。完全に放置されとる。高句麗本紀は4巻が既に訳されているが注ができていない。百済本紀も昨年の3月時点で既に3巻がほぼ訳されている。蓋鹵王もすべて書き下されてて現代語訳も半分以上終わっている。なんでこんな中途半端なまま残したんだろう……。更新時期と訳した時期が乖離するのヤだから先にさっさと公開したいと思う。ところで高句麗本紀4巻と百済本紀2巻が更新されていない理由は注である。未公開分は注で詰まっているものが多い。ちなみに公開していない全訳済のものには『立憲法議』『孝経』がある。東明王篇
これも一応は全訳したつもりだったのだけど、実は朱蒙の父親である解慕漱が河伯に結婚の挨拶をするあたりが抜けていた。たぶん私が文章を借りたページで抜けていたんだと思うんだけど、参照元を喪失してよくわからなくなっている。で、原文の参照元が不明の漢文訳を載せるのも問題あるし、三国史記と併行していた訳文だから拙いってこともあって訳を完全に最初からやり直す、三国史記と同様のリニューアルをしていたんだけど、2023年の年始の前後くらいに序を公開した後はちまちま本文を訳したりしなかったりで現在放置中。ただし書き下しはすべて完了しているので、あとは現代語訳するだけである。現代語訳も半分以上終了。これもさっさと公開したいなあ。広開土王碑
これは全訳が完全に終わってリニューアルの予定もない数少ないもの。まあ碑文なんでそんなに長くもないのだけど。ただし注の城の名前が『調査中』となっている。これはもうしばらくは放置する予定。中国史書における古代朝鮮と周辺国の記述
史記から新五代史までの中国正史に記載された朝鮮および周辺諸民族(主に東夷)の列伝等を訳そうという企画。よくよく考えたら最初のアンソロジーと言えるかもしれない。三国史記と並行していたので、案の定リニューアルすることになったけど、拙かった漢書、史記、後漢書がリニューアルできたので後はいいかなーって感じ。①史記②後漢書③三国志④晋書⑤宋書⑥南斉書⑦梁書⑧魏書⑨周書⑩隋書⑪南史⑫北史⑬旧唐書⑭新唐書⑮旧五代史⑯新五代史……という十五史のうち公開しているのは⑥南斉書まで。未公開分については⑦梁書は現代語訳がすべて終わっているが注ができていない。⑧魏書も半分以上は現代語訳が終了している。どちらも2023年5月頃まで作業している。うーん。⑨周書も序文と高麗はすべて訳しており、序文の注はすべて完備。高麗の注が途中で止まっている状態である。ちなみに三国史記と同様、今回も注で更新を投げている。これは改めた方がいいと感じるなあ。それと全訳と一部訳とは別に新たに撰集のコーナーを用意してこれを移動する予定。大越史記全書
外紀一巻が公開中。ちなみにこれも実は外紀2巻の武帝紀は2023年時点でとっくに訳しているので更新はできるはずなのだけど、これも注で投げている。ああ……。易経
これは全訳自体をする気がイマイチ欠けている。公開しているのは天地否のみ。火山旅が既訳でホームページ未公開。過去にTwitterで上げたことがあって本文は保管されているんだけど、アカウントを消したため序文の一部が紛失している。まあすぐに訳し直せるけども。これは全訳するか自体が不明なので当面はキニシナイ(・A・)孝経
正月休みを利用して一昨年から昨年にかけての年末年始に一気に全訳した。ただ、これは余記が主でなんとなく進んでいない。先に訳文だけ公開するのもアリかどうしようか。潜夫論
漢籍の翻訳を始めた動機のひとつにこれを読みたいというのがあったのだけど、読んでみるとイマイチだと感じるようになってモチベが下がっている。序文に代えての後漢書王充伝と後漢三賢王符讃、そして巻一の讃学第一まで公開中。未公開分だと務本第二はすべて訳しているけど余記がまだ書けていなくて更新していない。訳していた時の感覚とか忘れていて書きかけの余記の内容もイマイチだと感じているのでさっさと書き直して上げた方がいいのだろう。未訳部分を新たに訳すような興味はイマイチ削がれている……。遊心安楽道
公開中なのは序文と第一のみ。これは正真正銘の訳したところまでの公開である。少しだけ第二の冒頭を書き下しているけども、それだけ。これは注を付けていないので訳したらすぐに更新できるため、未公開分が存在していない。いやあ、改めて注とか余記は鬼門だなあ。遊心安楽道は個人的に早く訳したい気持ちもあるのだけど、優先順位は高くないカンジ。共産党宣言
公開中なのは序文と①と銘した冒頭のみ。これ実は当初の想定より本文が長いことに気付いて後から分割することを考えた形なので、いくつにわかれるのかまだ自分でもわかっていない。ちなみに堺・幸徳版でいう「東洋を西洋に從屬させた」まで訳しているので、たぶんだいたい半分に達しないくらいまでの進行具合。小品のつもりが思ったより時間がかかっている……。5月から放置。女子解放問題
序文に該当する部分のみを公開中。訳しはじめて気づいたけど、これも論文としては結構長いので、共産党宣言と同様に分割して掲載することにした。序文部分を含めて七つの段落に分かれているので、とりあえずそれに準じて訳す予定。第三段落まで訳しており、注は第二段落まで付しているため、そこまではすぐに公開できる。4月から放置。贈侯官林宗素女士
鞏金甌
国民革命歌
義勇軍進行曲
全訳している……とはいえ一篇の短い漢詩や歌詞なので当然である。このあたりは全訳にひとつひとつ入れるのも変なので、これも新設する撰集コーナーに移動予定。中華民国憲法
これも出オチ感がある。百七十五条中十条まで書き下し、八条の途中まで訳した。モチベない。……という現状整理である。とりあえず注を後回しにしてでも三国史記の既に訳した未公開部分をさっさと更新した方がいい気がしている。続いて中国史書における古代朝鮮と周辺国の記述、大越史記全書の既訳。論語注疏は完成を最優先にしつつも他の漢籍のストックの掲載をもっと優先することにしようと思う。ストックと呼ぶにはもう時間を置きすぎ。書き下し文を読んでいるとうわー、昔こんなカンジだったんだー、ってなる。
長くなったので既に訳に着手しながらホームページにコーナーすら設けていない漢籍については次回に整理する。
-
聖經 (委辦譯本或稱代表譯本)
第一章
創造天地 天地ヲ創造ス1太初之時、上帝創造天地。
1太いなる初まりの時、上帝は天地を創造りたまひき。
1太初の時、上帝は天地を創造された。2地乃虛曠、淵際晦冥、上帝之神、煦育乎水面。
2地は乃ち虛にして曠し、淵際の晦冥は、上帝の神、水面より煦み育まむ。
2地にはなにもなくただっ広く、淵のまぎわは何もみえない暗闇で、上帝の神霊が水面によって覆うことで、慈しみをもって育まれていた。3上帝曰、宜有光、即有光。
3上帝の、宜しく光有るべし、と曰ば、即ち光有り。
3上帝が「光あれ」と言われると、すぐに光が現れた。4上帝視光為善、遂判光暗。
4上帝は光を視て善しと為し、遂に光と暗を判つ。
4上帝は光を目にしてよしとして、ついに光と闇とを分けた。5謂光為晝、謂暗為夜、有夕有朝、是乃首日。〇
5光を謂ひて晝と為し、暗を謂ひて夜と為す。夕有り朝有り。是れ乃ち首の日たり。〇
5光を昼と称し、闇を夜と称した。夕べがあり朝があった。これが最初の日のことである。〇6上帝曰、宜有穹蒼、使上下之水相隔。
6上帝曰く、宜しく穹蒼有り、上下の水を使て相ひ隔たしむべし、と。
6上帝はいう。「蒼き大空をあらしめよ。上下の水を互いに隔つのだ。」7遂作穹蒼、而上下之水、截然中斷、有如此也。
7遂に穹蒼を作し、而りて上下の水、截然て中に斷ち、有ること此の如くなり。
7こうして蒼き大空が作られると、上下の水がばっさりと真ん中で断ち切られ、かくのごとく存在するようになった。8上帝謂穹蒼為天、有夕有朝、是乃二日。〇
8上帝は穹蒼を謂ひて天と為し、夕を有らしめ朝を有らしむ。是れ乃ち二日たり。〇
8上帝は蒼き大空を天と称した。夕べがあり朝があった。これが二日目のことである。〇9上帝曰、天下諸水宜匯一區、使陸地顯露。有如此也。
9上帝の曰く、天下の諸の水よ、宜しく一區に匯ひ、陸地を使て顯露にせしむべし、と。此の如く有るなり。
9上帝が「天下のあらゆる水よ、ひとつに集い、陸地を顕露させよ!」と言われると、そのようになった。10謂陸地為壤、謂水匯為海、上帝視之為善。
10陸地を謂ひて壤と為し、水の匯を謂ひて海と為し、上帝は之れを視みて善しと為せり。
10陸地を壌と称し、水の集まりを海と称した。上帝はこれをみてよしとした。11上帝曰、地宜生草、蔬結實、樹生菓、菓懷核、各從其類、有如此也。
11上帝の曰く、地よ宜しく草を生やし、蔬よ實を結び、樹よ菓を生み、菓は核を懷くべし、よ。各は其の類に從ひ、此くの如く有るなり。
11上帝が「地よ、草を生やせ。野菜よ、実を結べ。樹木よ、果物を生むがよい。果物は種核を備えよ。」と言うと、それぞれが自らの類別に従ってそのようになった。12地遂生草、蔬結實、樹生菓、菓懷核、各從其類、上帝視之為善。
12地は遂に草を生やし、蔬は實を結び、樹は菓を生やし、菓は核を懷き、各は其の類に從ひ、上帝は之れを視みて善しと為せり。
12地はこうして草を生やし、野菜は実を結び、樹木は果物を生み、果物は種核を備え、それぞれが自らの類別に従ったことについて、上帝はそれを見てよしとした。13有夕有朝、是乃三日。〇
13夕有り朝有り、是れ乃ち三日たり。〇
13夕べがあり朝があった。これが三日のことである。〇14上帝曰、穹蒼宜輝光眾著、以分晝夜、以定四時、以記年日、
14上帝の曰く、穹蒼よ、宜しく光を輝かせしめて眾の著ならしむべし、と。以ちて晝と夜を分け、以ちて四時を定め、以ちて年と日を記せり、
14上帝が「蒼穹よ、光を輝かせてすべての姿を現わすがよい!」と言うと、昼と夜を分けて四季を定め、これによって一年と一日が記録されるようになった。15光麗於天、照臨於地、有如此也。
15光は天より麗き、照は地より臨み、此の如く有るなり。
15光は天から輝き、照は地に臨み、そのようになった。16上帝造二耿光、大以理晝、小以理夜、亦造星辰。
16上帝は二の耿光を造り、大は以ちて晝を理めせしめ、小は以ちて夜を理めせしめ、亦た星辰を造りたまひき。
16上帝はふたつのまばゆい光を創造し、大きなものには昼を治めさせて、小さなものには夜を治めさせた。また星辰を創造されると、17置之穹蒼、照臨於地、
17之れを穹蒼に置き、照は地に臨む、
17それらを蒼穹に置いて、照は地に臨んだ。18以理晝夜、以分明晦、上帝視之為善。
18以ちて晝夜を理め、以ちて明と晦を分け、上帝は之れを視て善しと為せり。
18このようにして昼夜を治め、このようにして明暗を分け、上帝はそれをみてよしとした。19有夕有朝,是乃四日。〇
19夕有りて朝有り、是れ乃ち四日たり。〇
19夕べがあり朝があった。これが四日のことである。〇20上帝曰、水必滋生生物、鱗蟲畢具、鳥飛於地、戾於穹蒼。
20上帝の曰く、水よ、必ずや生物を滋生るべし。鱗と蟲よ、畢具ふべし。鳥よ、地より飛び、穹蒼より戾るべし、と。
20上帝はおっしゃった。「水よ、必ずや生物を繁殖させよ。鱗あるものと蟲よ、備わるがよい。鳥が地から飛び、蒼穹に戻るがよい。」21遂造巨魚、暨水中所滋生之物、鱗蟲畢具、羽族各從其類、上帝視之為善。
21遂に巨魚を造り、暨水は滋生さるる所の物を中み、鱗と蟲は畢具はり、羽の族は各が其の類に從ひ、上帝は之れを視て善しと為せり。
21こうして巨大な魚を創造し、塩水は繁殖されたものを内包し、鱗と蟲は備わり、羽根の生えた種族はそれぞれが自らの類別に従った。上帝はそれを見てよしとし、22祝之曰、生育眾多、充牣於海、禽鳥繁衍於地。
22祝ひて曰く、眾多を生み育み、海に充牣ち、禽鳥は地に繁衍らむ、と。
22祝福して言った。「数多のものを生み育て、海に充溢し、禽鳥は地に繫栄した。」23有夕有朝、是乃五日。〇
23夕有りて朝有り、是れ乃ち五日たり。〇
23夕べがあり朝があった。これが五日のことである。〇24上帝曰、地宜生物、六畜、昆蟲、走獸、各從其類、有如此也。
24上帝曰く、地よ、宜しく物、六つの畜、昆蟲、走る獸を生むべし、と。各は其の類に從ひ、此の如く有るなり。
24上帝が「地よ、物質、六畜、昆虫、走る獣を生むがよい。」とおっしゃられると、それぞれが自らの類別に従い、そのようになった。25遂造獸與畜及蟲、各從其類、視之為善。〇
25遂に獸と畜及び蟲を造り、各は其の類に從ひ、之れを視て善しと為せり。〇
25こうして獣と家畜および虫を創造し、それぞれが自らの類別に従うようになり、これを見てよしとされた。〇26上帝曰、宜造人、其像象我儕、以治海魚、飛鳥、六畜、昆蟲、亦以治理乎地。
26上帝の曰く、宜しく人を造り、其の像は我儕を象り、以ちて海の魚、飛ぶ鳥、六つの畜、昆蟲を治め、亦た以ちて地を治理むるべし、と。
26上帝はおっしゃられた。「人を創造し、その姿は我らを象ろうではないか。そして海の魚、飛ぶ鳥、六畜、昆虫を統治し、同じように地を統治するがよい。」27遂造人、維肖乎己、象上帝像、造男亦造女、
27遂に人を造り、維れ己に肖せ、上帝の像を象り、男を造り亦た女を造りたまひき、
27こうして人を創造し、そして自己に似せ、上帝の姿を象り、男を創造し、また女を創造された。28且祝之曰、生育眾多、昌熾於地、而治理之、以統轄海魚、飛鳥、及地昆蟲。○
28且つ之れを祝ひて曰く、眾多を生み育み、昌に地に於いて熾へ、而りて之れを治理め、以ちて海の魚、飛ぶ鳥、及び地の昆蟲を統轄ぶるべし、と。○
28さらに彼らを祝福して言った。「数多のものを生み育て、地に繫栄させた。そこでこれらを統治し、そして海魚、飛ぶ鳥および地の昆虫をを統轄するがよい。」○29上帝曰、予汝所食者、地結實之菜蔬、懷核之樹果、
29上帝の曰く、汝に食はるる所の者を予ふ、地は實を結ぶが菜と蔬、核を懷くが樹果、
29上帝はおっしゃられた。「お前に食われるものを与えよう。地には実を結ぶ野菜、種核を備えた樹果、30亦以草萊予走獸、飛鳥、昆蟲、生物食之、有如此也。
30亦た草と萊を以ちて走る獸、飛ぶ鳥、昆蟲、生き物に予へて之れを食はしめ、此の如く有るなり。
30また草と野菜を走る獣、飛ぶ鳥、昆虫といった生き物にも与えてそれらを食べさせると、そのようになった。31上帝視凡所造者盡善、有夕有朝、是乃六日。
31上帝は凡そ造らるる所の者を視て盡く善し、夕有り朝有り、是れ乃ち六日たり。
31上帝はすべての創造されたものをみて、ことごとくよしとした。夕べがあり朝があった。これが六日のことである。見ての通り漢訳聖書の書き下しと現代語訳。19世紀版のものである。聖書ではなく聖経となっているのは、漢語における宗教の最も正統かつ権威ある言葉を記した書物は『経』だからである。儒教においては最も尊重されるべき先王の記録が五経であり、仏教においてもブッダの言葉に基づくものが経とされる。むしろ聖書という語の方が少し変則的だと私は思っているが、それにしてもBibleが書物(本)を意味し、第一の書として君臨するものだと示されている。対して儒教における『書』という語が本来的には五経(六経)における書経を指し、ゆえに書という語が書籍一般をさすようになってからは、尚い書ということで『尚書』と称するようになる。これはBibleがHollyBibleであるのと同様だと言えよう。なのでHollyBibleを聖書するのも非常によい漢訳だと思っている。要はどちらでもいいのである。いい意味で。
さて、漢訳聖書については軽い気持ちで手を付け、創世記3章の楽園追放までで終わるつもりだったのだけど、ついつい4章のカインとアベルのエピソードや5章から10章のノアの方舟を訳してしまった。そこでもちょうど10章だからと止めておくつもりだったのが、いつの間にやら11章のバベルの塔のエピソードまで訳して今では12章のアブラハム登場まで訳が突入してしまった。それとアベルとカインに着手する前から私が好きだというだけの理由でヨセフ(創世記最後の預言者)のあたりとかも訳しちゃったりして、まあそんな感じである。こりゃたぶん創世記はすべて訳しちゃいそうな感じになりそうな……。さすがにそれ以上は本当にやりたくない。やらない。レビ記や民数記の建物の大きさの規定とかやるわけがない。でもヨハネによる福音書の1章と黙示録の一部を既に訳している。あーあ。
ところでホームページに掲載していないけど既に訳している漢籍が結構あって、これは早くにまとめておかないとなあ、と思っている。清末の儒者である梁啓超が著した『立憲法議』なんて今年の初めごろ既に全訳していたりする。これはめっちゃ面白かった。
あとは『孝経』もとっくに全訳しているし、現在公開中のものより先まで他の漢籍も訳していたりする。
まだコーナーを設けられていない漢籍にしても、『立憲法議』のような全訳はともかくとして、一部を訳しているものならおびただしい数がある。たとえば『高麗史』だって何年も前から一巻は訳し、二巻もある程度まで訳している(これの精訳は現在の私の訳文能力に大きな影響を与えている)。
それ以外で全訳をもくろんで既に翻訳に着手しているものだけでもざっと挙げるとこんな感じ。
・The Analects(英訳論語)
・球陽記事
・陸賈新語
・真誥
・神滅論
・列子
・荘子
・老子道徳経
・那先比丘経
・神皇正統記ただでさえ訳が途中の漢籍がホームページにごろごろ転がっているのに、こんなに新たな全訳ができるわけがない! アホなのか?
しかし他にも一部訳をもくろんで手を付けているものが以下。
・講孟箚記
・律蔵
・聖書
・封神演義あとは宋子という書籍の残っていない諸子百家の記録をすべて集めた撰集をもくろんでいる。それと劉邦に仕えた三人の儒者の列伝とかも撰集として公開する予定で訳した。
アホなのか? アホである。
-
【岸田悲報】中国人、山上伝説を格調高い漢文に書き下し、故事成語になる [315952236]
https://itest.5ch.net/greta/test/read.cgi/poverty/1704530220嫌儲のこちらのスレで紹介された『刺客列傳-外傳-山上徹也傳』と題された擬古文を翻訳する。前回と同じく中国のネット上の書き込みが元ネタらしい。嫌儲を介して日本でも広まっており、はてな匿名ダイヤリーや聖帝語録@WIKI等にも投稿されている。
しかし、ここに付されている日本語訳はすべて同じもので、他のバージョンはどれだけ検索しても見当たらない。そして読んでもらえればわかるけど、これはヒジョーに機械翻訳くさい。機械翻訳がただちに悪いというわけでもないけど、おそらく使用したのが現代中国語用のもので、原文が割としっかりとした擬古文になっているため、イマドキの高性能な機械翻訳にしてはなんだか文章がおかしい。
思うに、原文を「格調高い」などと評して皆が絶賛しながらそれを決して出来のよくない機械翻訳でもって紹介することは礼を失してはいないか。特に日本では書き下し文という手段によって漢文をそのまま日本語として読むことができる。なぜこれを用いないのか。原文がそれなりの広がりを見せているにも関わらず、機械翻訳以外の訳文はなく、況んや書き下しを試みたものはひとつもない。日本の伝統の廃るることの甚だしきはこの如くあるか。我が古巣たる嫌儲の低迷はこの如きか。嘆くばかりである。
よって、以下に書き下しをおこない、次いで現代日本語訳を付した。愉しんでいただければ幸いである。
【漢文】
山上徹也、東瀛奈良縣人、外祖從商、父隨之、少時得富貴。五歲、父亡、隨母居奈良。母為淫祀惑、錢糧地契皆捐、家徒四壁、無資以學、兄疾亦無以治。徹也從行伍、以乞活。既卸甲、兄不堪病擾、自縊而盡。徹也泣曰、兄自去、弟當何如。
安倍晉三者、四度拜相、貴胄之後、然其縱淫祀行攬金之實、惑信眾得連任之資、徹也惡之、書友人曰、吾當誅此賊。遂購火藥、鐵管、鐵砂、制得雷與銃、又恐傷及無辜、捨雷而取銃。
時晉三巡於奈良、宣淫祀惑人之詞、聽著甚眾。徹也隨其後、衛士數十無一疑之。待得良機、銃出而發、不中。眾人皆惑、晉三亦顧之。煙未盡、又發一銃、霎時、聲出如雷、煙現如龍、晉三即伏。眾侍驚覺、圍而擒之、徹也面不改色、釋銃就執。後晉三送醫、不治。
時人曰、山上徹也、勇不及聶政、智不如專諸、所出不為國仇、但為家恨、惟其為民除害、替天行道者、義也。
【書き下し文】
山上徹也(やまがみてつや)、東瀛(やまと)の奈良(なら)の縣(あがた)の人、外祖は商(あきなひ)に從(たづさ)はり、父は之れに隨ひ、少(わか)き時は富も貴(たふとき)も得たるも、五歲(いつつ)にして父は亡くなり、母に隨ひて奈良に居(すま)へり。母は淫祀に惑はされ、錢糧地契の皆(いづ)れも捐(す)て、家徒四壁(まづしき)にして以ちて學(まなびや)に資(そな)ふる無く、兄の疾(やまひ)も亦た以ちて治る無し。徹也は行伍(いくさ)に從ひ、以ちて活(くらし)を乞へり。既に甲(よろひ)を卸(ぬ)ぎ、兄は病の擾(みだれ)に堪へず、自ら縊(くび)して盡(つ)く。徹也は泣きて曰く、兄は自ら去れり。弟は當に何如(いか)にせむ、と。
安倍晉三(あべしんざう)なる者、四度(よたび)相(おほまへつきみ)を拜(さづか)り、貴胄(やむごとなき)の後(すゑ)、然れども其れ淫祀を縱(ほしひまま)にし、金の實(まこと)を攬(つか)み行(と)り、信眾を惑はして任(つとめ)を連ぬるが資(たす)けを得むとす。徹也(てつや)は之れを惡(にく)み、友人(とも)に書(ふみ)して曰く、吾は當に此の賊(あた)を誅(う)たむ、と。遂に火藥(ひぐすり)、鐵管(かなづつ)、鐵砂(かなすな)を購(か)ひ、制(をさ)めて雷(はじきだま)と銃(つつ)を得るも、又た傷の無辜(つみなき)に及ぶを恐れ、雷(はじきだま)を捨て銃(つつ)を取らむ。
時に晉三は奈良に巡り、淫祀の人を惑はせしむるが詞(ことば)を宣ぶ。聽著(きくもの)は甚(い)と眾(おほ)し。徹也は其の後(しりへ)に隨ひ、衛士(まもり)は數十(いくとたり)なるも一(ひとり)とて之れを疑ふ無し。待ちて良き機(とき)を得、銃(つつ)は出でて發(はな)たれり。中(あた)らず。眾人(もろひと)の皆が惑ひ、晉三も亦た之れを顧る。煙は未だ盡きず、又た一(ひとたび)銃(つつ)を發(う)たば、霎時(たちまち)にして聲(こへ)の出づること雷(いかづち)の如し、煙の現るること龍の如し、晉三は即ち伏す。眾侍(さぶらふもの)は驚き覺め、圍(かこ)みて之れを擒(とら)ふも、徹也の面(かほ)は色を改むるにあらじ、銃を釋(す)て執(ものとり)に就けり。後に晉三は醫(くすし)に送らるるも治らざりき。
時の人曰く、山上徹也(やまがみてつや)の勇(いさましき)は聶政に及ばず、智(さかしき)は專諸に如かず、國の仇の為にせず、但だ家の恨みの為とするのみに出づる所なるも、惟だ其れ民の為の害(わざはひ)を除き、天に替はりて道を行ふ者(こと)は義(よろしき)なり、と。
【現代語訳】
山上徹也(やまがみてつや)は東瀛の奈良県の人である。外祖父は商業にたずさわり、父はそれに随っていたことから、少年期には富と地位を得ていたが、五歲にして父が亡くなると、母に隨って奈良に住むようになった。母は淫祀邪教に関わって惑溺し、金銭も食も土地の権利書もすべて捨て去ってしまい、自宅は四方の壁だけになるほど困窮し、学ぶための資金もなくなってしまい、兄の疾病も治ることがなかった。徹也は一兵卒として従軍することでなんとか生活を乞うた。甲冑を脱ぎ去った(=退役してから)後のこと、兄は病気の苦しみに耐えきれず、自ら首を吊って力尽きた。徹也は泣きながら言った。
「兄が自ら去ってしまった。弟はこれからどうすればいいのか。」
安倍晋三は、四度にわたって宰相を拝し、高貴な血筋の後裔であった。それなのに彼は淫祀邪教をほしいままに操る資金の実権を握りしめており、信徒を惑わせて再任の援助を得ようとしていた。徹也はそのことを憎んで友人に手紙を送って言った。
「これから私はあの賊を誅する。」
こうして火薬、鉄管、砂鉄を購入し、作り変えて爆弾と銃を手に入れたが、そこで傷害が無辜の人々に及ぶことを心配し、爆弾を捨てて銃を取ることにした。
この時、晋三は奈良を巡り、淫祀邪教による人を惑わせるための詞(ことば)を街宣していた。聴衆は非常に多く、徹也はその後ろに随伴していたが、護衛の数十人のうち一人たりとも疑う者はいなかった。待ち構えて好機を得たところで、銃が飛び出して放たれたが、――当たらない。衆人の皆が困惑し、晋三もそちらを振り返った。煙がまだ尽きないうちに、もう一度銃を放つと、たちまち雷鳴のごとき音が鳴り響き、龍のごとき煙が現れ、にわかに晋三は倒れた。近侍の者たちは驚き、気の付いたところで取り囲んで彼を捕えようとしたが、徹也は顔色を変えることなく、銃を手放して縄についた。その後、晋三は医者に送られたが治らなかった。
当時の人は言った。
「山上徹也(やまがみてつや)の勇猛さは聶政に及ばず、知性は専諸ほどすぐれたものではない。国家の仇を目的とせず、単に家の恨みを目的として出現しただけの者である。それでも彼が民の為に害悪を除き、天に代わって道をおこなったことは義であった。」
さて、過去に存在していた山上伝を改めて付す。
刺客列伝山上徹也篇を翻訳|塗説録
https://wjn782.cooklog.net/Entry/930/現代中国語の癖が大きな前回と比較すれば今回の方が漢文として整った文章であったので書き下しも前よりなめらかなものに仕上がった。また、最後の山上への評についても、よいところを突いていると思う。中古の刺客との比較はさておき、山上の件の遂行は鮮やかではあったものの、多くの面で彼の物事の認識はそのへんのネトウヨであり、必ずしも個人として大物や洗練された人物ではない。しかし行為が及ぼした影響はそれと別に量るべきである。この点、私は本文の著者の意見に一定の賛意を奉ぐところである。山上が爆弾ではなく銃を用いた理由に触れられているのもよい。前回は個人的にラストでネトゲの話が出たのは興ざめだったので、今回は結部が時人を通じての史評となっており、そこも雰囲気が出ている。
ただし、いくつか前回と比べても事実関係との間で記述に錯誤があることは指摘しておきたい。前回のものは安倍の聴衆が少ないと述べ、今回のものは聴衆が多いと伝える。これは前回のものの方が実態と合致している。当時の奈良での安倍の演説において警備も聴衆も疎らであったことが山上の成功につながっていた。また、当時の安倍は既に総理大臣を自ら退任しており、連任(再任)を求めていたわけでもないし、選挙での再選に窮していたわけでもない。奈良の街宣で統一協会の教理や洗脳をおこなった事実はないし、そもそも安倍がおこなっていたのは当地の自民党議員候補者佐藤氏の応援演説である。
それと、彼の評についても注意せねばならない点がある。この評では彼を私的な復讐者としているが、彼は信徒の統一協会からの解放を目指していたので、明らかに復讐のみが目的ではない。その上でもやはりこの史評を評価したいのは、やはり彼があたかも民衆解放等を目的としたかのような革命家だとか、そういったおかしな神格化、特にその人格への過大評価等が私が気になっているからで、そこに留保を置いた本評を私は非常によいと思っている。前回のものでは山上の事件後すぐに日本において皆から「民族の英雄」とされたと述べられているとか、安倍を殺したことが即座に圧政からの解放として民衆が快哉を叫んだとか、そういった記述などはさすがに誇張とさえ呼べるものではなく、実際の事実関係、というよりは、あまりに空気感との乖離があるように思われる。その一方で、やはり日本最長記録の政権を主宰して高支持率を維持したまま退陣した元総理大臣を暗殺したにもかかわらず、山上が世間から破格の同情を得たのも間違いないことで、殺人などの重犯罪者への厳罰を望む世論を喚起しやすい日本において、減刑嘆願の署名数が厳刑嘆願のそれを遥かに上回ったことは驚嘆に値する。このあたりの機微は記述として繊細さを必要とする分であり、私としては山上事件の重要な点なので、これはまた別稿を設けて論じよう。そして事実として統一協会による被害や安倍および自民党と教団の関係にもメスが入ったことは疑いなく、ここにある山上への世間の反応は、近年になく、しかし近古には確実にあったもので、その独特の空気感への近似性は今回のものの記述の方が(事実の正確さというよりも)その分に適っていると感じている。
……とまあ、なんだかこうやってみると、期せずして漢文史料の成立にかかる比較批判っぽい思索ができたりとか、史評への考察や批評ができたりして、こういうことをウダウダ考えるのは史に触れる面白さある。
訂正(2024年9月3日)
書き下し文の「母は淫祀の為にして惑ひ」を「母は淫祀に惑はされ」に訂正。原文は「母為淫祀惑」であり、ここでの「為」は「為(ため)」ではなく、「見」「被」と同様の受身だと解するのが正しい。Twitter上にて書き下し文のみ読んだ武田崇元氏が違和感を指摘されたことにより気づく。感謝。