人を言葉や理屈より態度で選ぶことをバカのすることだとバカにしてるお利口さんは、言葉や理屈にあっさり騙されると思う。(挨拶)
で、
こちらの続き。というか、ここからがこの件の本題。いや、真の本題はキン肉マンの話なんだけど、それはもういい。お前らに私の漫画の話は早かった。政治の話をしよう。
トルコのフェミニズムの「これまで」については、これでよいかもしれないけど、「これから」のトルコのフェミニズムに強い不安を私は感じている。というのも、この時の会話の間で飛び出た発言の中に、どうしても引っかかるものがあった。それはケマル・アタテュルクの評価に関して論じてた時である。
ケマルがフェミニストの活動を制限していたという話を聞いた私が「そういう話を聞いてるとケマルの印象が悪くなるなー」と言うと、彼女に「ケマルは女性にひどいことをしていた。昔はブルカを被った女性を処刑していた。」と返された。
私はこの時確信した。トルコでフェミニズムがイスラム原理主義と結合し、日本のネトウヨとリベサヨが大同団結してこれを擁護するように動く未来が到来する、と。
トルコ共和国の建国者ケマル・アタテュルクはイスラム世俗主義の実現者として多くの功罪がある。彼女も「ヒットラーやスターリンなどの独裁者と同じ」「トルコではケマルの肖像画を敬拝しなくては逮捕される」などの批判をしていたし、特に後者などは酷い話である。ゆえに、批判そのものは当然あってしかるべきものであろう。
そして、ケマルの功績とされているのが「イスラームの伝統的な一夫多妻制度を廃止し、男女平等の同意による一夫一妻婚姻制度を確立したこと」と「ブルカを禁止したこと」である。これは地元の焼き肉屋の待合室に置いてあったトルコ旅行ガイドに書いてあったので間違いない。(私のトルコに関する知識は、これと漫画「赤い河のほとり」に由来するものだけです)
その暗部として、法律の制定初期には苛烈にもブルカを被った女性を死刑にしていたのだろう。これについての批判はわかる。しかし、それは「明らかに刑罰が重すぎる」とか「刑罰ではないアプローチをすべきではないか」といった批判であるならば、である。私はここからどうにも「女性がブルカを被る自由を奪った」という批判のニュアンスであるように感じられた。
もちろん、彼女はそうはいっていないが、私は表層的な理屈だけで人の意見は見ない。その中にある無意識の意を見る。そこには、当人の考えや意見だけでなく、時代の流れや社会のムードも反映されることが多いからだ。
私はケマル・アタテュルクと毛沢東はよく似ていると思う。いずれも独裁者として批難されるが、同時に非西洋で近代国家を成立させた革命家として賞賛される存在である。実際、ケマルも毛沢東も、スターリンの政治体制を真似ていたので、近似するのも当然であろう。ケマルの罪の部分としてはクルド人への同化政策があり、これは毛沢東のチベットウィグルへの政策と似ているが、それについては今回は置いておく。
毛沢東の行った政治改革の一つに、一夫一妻の婚姻制度がある。これは中国の旧来儒教社会における伝統的な一夫多妻制度が、男が女を占有し男に隷属させる制度であるとして、男女平等の婚姻として制定されたものである。これはケマル・アタテュルがかつてのイスラーム社会を世俗主義国家に転換した際におこなった改革とよく似ている。
それと私が毛沢東の功績として重く考えるのは、纏足の廃止である。中国では、唐の時代から女性の足を子供の頃から締め上げて小さくする纏足という風習があった。これは欧州で貴族女性の間で流行した極度に腰を小さくさせるコルセットなどと同様、女性の健康を大いに害するものである。中華民国時代から纏足に関しては批判もあったのだけど、中国から完全にその風習が一掃されたのは、文化大革命によってであった。
纏足は現在の我々からすれば到底受け入れられないような蛮習のように思えるし、実際これは女性が家庭内で虐待されても逃げられないようにするために始まった風習であるとも言われている。そうして考えてみれば、さぞ女性は無理やり纏足をさせられており、前時代的な社会において女性は服従するしかなかったのだろう、と思えるかもしれないが、そう話は単純ではない。

これが纏足靴である。纏足のためのものだと考えると禍々しく思えるかもしれないが、純粋にデザインだけを見れば非常にかわいらしく、繊細な職人の技術によって意匠が施されていることがわかるだろう。子供によく似あいそうである。
なぜ、このようなかわいらしいデザインなのか。当時の中国では、纏足靴を我が娘に送ることは親の愛情のあかしだったからである。そして、娘も纏足靴を親に贈られることを喜んだ。子供が喜び、大人が見てもかわいらしい、纏足靴はそういうデザインでなくてはならなかった。当時の中国では、「働かなくていい女性」というのは貴人の証であり、纏足は女性が農作業などの労働をせずに生きられる裕福な家の女性だけに許された一種のステータスである。娘に喜んでほしい、そして善き女性として生きてほしい、そんな親の願いが纏足靴には込められていたし、それを娘も受け取り、その価値観を愛情とともに内面化していた。それがかつての中国社会である。
(※1)
纏足はちょうど、お受験教育に似ている。これによって子供は遊ぶ時間も失われたり、時にはノイローゼから心身の健康を害して一生の傷を残すこともあるが、親は子に対して愛情からそれを勧めるし、子はその愛情にこたえようとしたり、それに耐える自分を誇りに思ったりする。顔の美醜などは生まれつきで決まってしまうが、纏足は努力によって自分を変えられる。そんな点もお受験と似ている点であろう。当時の中国は出自不問の難関試験科挙の国であり、男においては科挙の受験地獄が、女においては纏足が、当人の努力のあかしであり、親の愛情の証拠であり、エリートたちのステータスであった。
かつての中国社会はそのような価値観であったから、民国時代になっても纏足はまったくなくならなかった。むしろ、民国期には庶民も心置きなく貴族の格好ができるとして、逆に纏足が流行したという話さえある。それを粉砕するには、文化大革命のような劇薬に頼るしかなかったのかもしれない。
「天下の半分は女が支える」とは、毛沢東の言葉である。中国共産党は男女平等と女性の自立をスローガンとしていたから、文化大革命では纏足は女性を労働に従事できない身体にすることで家に縛り付ける反動的陋習として糾弾され、真に美しい足を持つのは労働者階級の女性、農村の女性であるとして賞賛されるとともに、貴族文化を一掃する過程で纏足も厳しく取り締まられた。こうして纏足の風習は中国から姿を消したのである。ああ、毛主席の功績は山より高く、御心は海より深い。
さて、トルコにおけるフェミニズムの話に戻る。これとトルコのブルカの禁止の話は非常によく似ている。ケマルが当初、ブルカを被った女性を死刑にしていたことは批判されて然るべきであるが、なぜそうなったかはこの纏足の話と併せて考える必要もあるだろう。
そして、おそらくはトルコのフェミニストたちは今後「ブルカを被れないのは女性差別!」と高らかに叫ぶであろう。これがどういう結果を招くか。この纏足が「どのような形で女性に受容されていたか」を見れば、おのずと答えは見えてくるはずである。
「ブルカをかぶれないのは女性差別」に始まり、「少女を性的なまなざしから守るためにブルカをかぶせないのは女性差別」「男に服従する自由を奪うのは女性差別」「女性の自由を奪う一夫一妻制は家父長制であり女性差別。イスラムの伝統的な一夫多妻制こそフェミニズム」「イスラーム戦士を育てるという聖なる役割は女性だけに担える崇高な行為」という大合唱がトルコのフェミニストから発せられると私は考える。ブルカを被るのも、屈強なイスラーム戦士を育てるのも、もともと女性のステータスであった。
そして、私は予言する。ブルカは「性的なまなざしから守るもの」としてトルコのフェミニストから再評価される。これに関しては、性的まなざし論がブルカをかぶせるのと似ているというアンチフェミオタクの懸念にも一理あると言える。一理だけだけど。
これは誰が何と言おうと確実に実現する未来である。一夫一妻の婚姻制度も家父長制だとしてフェミニズムの文脈から批判されるが、それが伝統的イスラームの一夫多妻制度と結びつくのも間違いない。実際、恋愛工学のカズ藤沢なんかも婚姻制度廃止派だし、その先行事例ともいえるナンパ師恋愛社会学者の宮台真司もフェミニスト面をしているし。
そして、イスラム原理主義と結合したフェミニズムを批判すれば日本のリベサヨは「それはオリエンタリズムであり帝国主義でありレイシズムであり植民地主義でありネトウヨでありネオナチであり女性差別であり自己決定権の否定であり信教の自由の否定であり宗教差別だああああああああああああアアアッッッッッッッッアッあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」と擁護し、ネトウヨもイスラム原理主義をリベサヨ叩きのために使い始めるに違いない。これはもう完全に予定調和であり、すべては定められたことである。こうなれば→こうなる、という宇宙の法則である。もちろん、
ここで述べたように、オタクはトルコのフェミニストがブルカを支持すれば、「やはりトルコのフェミニストはブルカを擁護w」「やっぱりフェミはイスラム原理主義w」「これを批判するなんてイスラム差別ですか?w」とせせら笑うに違いなく、それで漫画やアニメが禁止されようと「やっぱりフェミがアニメを禁止したw」と笑うばかりでイスラム原理主義は不問とするに違いない。
この話をしてくれたトルコ人フェミニスト女性は同性愛などを擁護していたし、出生を女性の機能として尊ぶことに否定的であったので、イスラム原理主義と結合することはないかもしれない。しかし、それは彼女個人の話であって、トルコでそういったフェミニストは確実に現れるであろう。
「ブルカを被ることを強制している社会ではブルカが女性への抑圧になるが、ブルカを禁止してる国ではそれが女性の抑圧になる」とか「ブルカは女性差別ではなく女性を男性の性的消費から守り主体的に生きるためのもの」とか、そんな小理屈を並べてるうちに、いつの間にかフェミニストがイスラム原理主義に入れ替わっているに違いない。そう決まった。奴らの浅はかな考えなど手に取るようにわかる。
こうして、トルコで皆が女性がブルカを被りながら、男の性奴隷となることを自ら望む社会が完成し、それを否定するのは女性差別となる。外ではブルカを着て纏足靴を履き、1人の世紀末野郎に100人で仕えてボコボコにされながら子を10000000人産むのが女性の権利であり女性の誇りであり幸福であり、DVシェルターなどは自己決定権の否定であり女性の自由を奪う女性差別。
これまで世界は私の予言通りに動いてきた。ラディカルフェミニズムを前提としないリベサヨヴィーガン連中は悉くナチスと化したし、LGBTとフェミニズムが分離して自由主義やネオナチはLGBTと結合しフェミニズムは家父長主義と結合したし、ドナルド・トランプは台頭したし、フランスでは大暴動が起こったし、アメリカが人権理から脱退したように先進国において国連各部門からの脱退はEU離脱と同様に一種の世界的なムーブメントとなりつつある。これらはすべて私の予言通りである。
イスラム原理主義とトルコのフェミニストが結合する。この予言はフェミニストにもオタクにも、ネトウヨにもリベサヨにも嫌われ、否定されるだろう。しかし、私の予言は必ず当たる。好き嫌いは事実を同定しない。外れたら外れたでそんな未来はウソであった方がいいので、私が一人恥をかくだけで済む話だ。私は誰よりも私の予言が外れることを願っている。
(※1)この部分にはもともと「清王朝咸豊帝の時代、独裁的な権力を振るったとして有名な西太后は、自分の足が纏足によって小さかったことを誇りとしていたそうであるが、これは当時の中国社会のムードを反映する事象であると言えるだろう。」という文章が挿入されていましたが、西太后は満民族なので纏足をしてません。むしろ西太后は禁令を出してます。かなり記憶が混乱してました。当時の中国では清王朝がいくら禁令を出してもまったく纏足は終息しませんでしたし、纏足が女性にとってのステータスだった側面があるのは事実ですので、文章全体の論旨に変化がないことを付記し、この一文を削除します。ご指摘くださった猫柳さんに感謝! コメント欄参照。