忍者ブログ

塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

ホームページ更新せず。

 今日はホームページを更新しなかった。これまで一年近く放置していたのだから一日ホームページを更新しないくらいでなんだという話であるが、このところ連日更新していたので、そういうことを書きたい気分になったのである。

 ブログも書くことがない。そもそもこれまでろくにブログも更新しなかったのだから一日更新しないくらいなんだという話であるが、このところ連日更新していたので、なんとなく休むのがためらわれてこういうことを書くことにしたのである。

 こうやってブログを書きながら、口内炎が長引いていて喉が痛く、食事に大きな苦痛を伴っているとか、いろいろと自分の今の状況を差し支えない程度に書けばいいんじゃないかとと今になって思いついたりもする。こういうことをブログに書く慣習が失われたので、その発想に至らなかった。そんな感じ。

PR

ホームページの漢籍置き場に詩経のコーナーを設置して關雎の訳を掲載

焚巣館 -詩経 關雎-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/shikyou/01shuunan/01kansho.html

 本日の更新。もともと古代詩というコーナーを設けようとしていたのだけど、整理がうまくいかず、とりあえず詩経のコーナーを独立して設置することにした。これ以外に諸子百家の書籍に掲載された詩を集める『先秦百家詩撰』と前漢、後漢(もしかすると三国時代)の詩歌を集めた『漢代詩歌』のコーナーを設ける予定。關雎は詩は今年の初めごろに訳していた。

 中国における最も権威ある古代の詩集である詩経、その最初に掲載された詩である。そもそも『詩』とは漢詩のことであり詩経の詩であるから、この詩こそが詩の中の詩、あらゆる詩はこの亜流にすぎぬ。論語においても孔子がこの詩を絶賛する章句がある。

 ここまで言うといて今日は時間がないから解説はしないけども。また今度やる。たぶん。

国際歌(中国語版インターナショナル)の日本語訳をホームページに掲載


焚巣館 -国際歌-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/kanshi_kindai_kakumei/kokusaika.html

 本日の更新。訳は半年くらい前にしたはず……。ブログに掲載したっけ? まあいいや。近代革命詩歌 コーナーを設けた後になってこの訳を思いだすという体たらく。いやはや。

 改めて思うけど、日本語版インターナショナルは内容が省かれすぎているなーって。別に今の訳詞が悪いわけじゃないんだけど。むしろ綺麗な漢文脈の文語調でよいものなのだけども。文字数については英語などの言語に比べてめちゃ省ける一方、歌のシラブル数がやたらに多くなってしまうという日本語の性質なので仕方ないと諦めるしかない。

近代革命詩歌を設置してそちらに当該の詩歌をまとめる。

焚巣館 -近代革命詩歌-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/kanshi_kindai_kakumei/main.html

 本日の更新。新たな漢籍の掲載はなく、これまで訳してきた近代革命カテゴリの詩歌を新設コーナーにまとめただけ。

 昨年末から漢詩の訳にハマっていて、これからガンガン翻訳を掲載する予定。で、これらひとつひとつにコーナーを設けるとページを圧迫してしまうということで、まずは既に飽和しつつある近代革命のカテゴリにある漢詩と歌詞をまとめたコーナーを新設し、今後はこれに準じて掲載することにしたわけである。

 また、これからは全訳とは別に抄訳・撰修のカテゴリを設け長編の一部を訳したものや何らかの目的をもって数々の漢籍から訳を集めてひとつにまとめたものをそちらに結集する予定。

『孫子』全訳をホームページに掲載

焚巣館 -孫子-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/sonshi/main.html

 本日の更新。孫子の全文訳である。半年くらい前にすべて訳し終えたもの。

 孫子なんて下手すると一番多く全訳がネット上に存在する漢籍なので(対抗は論語、易経あたりか)、私がわざわざ訳すまでもないとも思うのだけど、なんとなく原文で読んでみたくなって訳し始めてみたら結構スルスルと訳せてしまい、全訳を完了したのでここに掲載する。そもそもネットに掲載している訳文は私が漢籍の原文を読んだ際に発生する残滓、要はおからみたいなものなので、未翻訳の漢籍を選んで読むのもおかしな話である。

 これは一篇を訳すたびそれをTruthSocialにて連載的に掲載していたもので、そのつどコメントを一緒につぶやいていたの残していたのだけど、突如としてアカウントが消えてしまったため、そのデータもなくなってしまった。「ビジネスに生かす孫子」とか「孫子の戦争論」みたいなのは世にあふれているので、そこでの私は孫子という書籍の編纂の目的の考察や、論理構造、中国思想における立ち位置、孫子に欠如したものなどについて論じていたのだけど、すべて消失したわけである。ホームページではそれに基づいて訳者コメントを著す予定だったのだけど、それもできなくなってしまったので本文のみの公開。TruthSocialはそもそもが検索機能の程度は低いし、つぶやきのダウンロードもできないカスのようなメディアである。もうあんなプラットフォーム使わない。長文投下ならmisskeyあるし。(あとなんかこの数ヶ月の改変がきな臭い感じする。)