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塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

炎の剣を持たされたケルビムって終盤にボスとして再登場しそうだよね

焚巣館 -聖経 創世記 第七章 水溢於地 水ハ地に溢ル-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/seikyou/01souseiki/06suiitsu_ochi.html

 本日の更新。ついに大地に水があふれて生物が剪滅される。これはちょっとしたスペクタクルですよ。ちょっとしてないか。聖書の中でも最大級の災厄である。

 ここで地上のすべてが一旦リセットされる。ということは、これまでの物語において登場した諸々からもリセットされた要素があるはずである。まず、エデンについて確認してみよう。ふりかえってみると第二章には次のような描写があった。

10埃田 ( エデン ) には、園に流れ入り、灌溉にも資する河があり、中では四つの支流と分かれていた。
11ひとつは比遜 ( ピション ) といい、哈腓拉 ( ハビラ ) に濯いで廻っている。その地は金を産出する。
12その金は最も精粋で、また珍しい宝玉である碧玉 ( ラピスラズリ ) を産出する。
13ふたつめは其訓 ( ギホン ) といい、古實 ( クシュ ) を囲んで流れていた。
14三つめは希底結 ( ヒデケル ) といい、亞述 ( アシュル ) の東に流れる。四つめは百辣 ( ユーフラテス ) という。

 そう、聖書におけるエデンは天上世界だとか異次元だとかに存在しているとは明記されていない。むしろ百辣 ( ユーフラテス ) のような、現代人にもよく知られた地名がしっかりと記されている。エデンは具体的にメソポタミアのあたりに存在していたと思われる。……だとすれば、この大洪水によってエデンもすべて水没しているのではないか。見落としがちな点であるが、これはなにげに重大である。

24こうして彼らを放逐して追い出すと、埃田 ( エデン ) の園の東に[口氷] ケルビム を置いて焔 ほのお の剣を与え、指揮は何も定めなかった。このようにして生命の樹への道を防ぎとめることにしたのである。

 ということは、第三章で思わせぶりに登場した智天使ケルビムも炎の剣や生命の樹と共に流されている。や、さすがに洪水の前に避難していると思うけど、素直に読めば、少なくとも生命の樹は水没しているのではないだろうか。ケルビムは終盤で再登場するボスになると思っていたのに……。

 どうでもいい話だけど、俺は生来の邪気眼なので小学生の時には既に天使九位階を英名と漢名の両方で暗誦できるようになっていた。なんという記憶力の無駄遣いだ。影響を受けたのは『女神転生』『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』等など、当時をふりかえってみると小学生で触れるような作品か? と思うようなアレであるが、週刊少年ジャンプで連載していたりとか、スーパーファミコンのゲームであったり、小学生の触れてよいものであったはずである。今現在、聖書の訳なんぞに乗り出しとるのもその延長線である。

16該隠(カイン)は耶和華(エホバ)から追放されて流離し、埃田(エデン)の東の挪得(ノド)の地に向かってそこに住むことになった。
17該隠(カイン)と妻は寝室をともにし、懐妊して息子を生んだ。以諾(エノク)と命名したのは、その時に城垣を建てていたことから、息子の名はそこから呼称したものである。
18以諾(エノク)は以臘(イラド)を生み、以臘(イラド)は米戸雅利(メフヤエル)を生み、米戸雅利(メフヤエル)は馬土撒利(メトシャエル)を生み、馬土撒利(メトシャエル)は拉麦(レメク)を生んだ。
19拉麦は妻を二人めとった。ひとりの名は亞大(アダ)、もうひとりの名は洗拉(ツィラ)、
20亞大(アダ)は雅八(ヤバル)を生み、幕(テント)に住んで牧畜をする者の先祖となった。
21次に猶八(ユバル)を生み、太鼓や琴、品や簫といった楽器演奏者の先祖となった。
22洗拉(ツィラ)は土八該隠(ドバルカイン)を生み、銅や鉄の工芸師となり、娘を生んで拿馬(ナアマ)と名付けた。
23拉麦(レメク)は妻の亞大(アダ)と洗拉(ツィラ)に言った。「拉麦(レメク)の婦人よ、必ず我が声を聞き、必ず我が言葉に従え。私は我が人を殺して自らをも傷つこう。童子を戮して自らも傷つこう。
24該隠(カイン)を殺して必ず七倍の罰を受けるのならば、拉麦(レメク)を殺せばその者の受ける罰は七十七倍とならぬことがあろうか?」○

 また、このようにカインと子孫についても第四章に長々と記されており、なんだか民族や職業の起源譚のような記述も付されているが、これらもすべて流されているはずである。あーあ、なんだったんだよ、この話。

 ちなみに、母方からカインの血筋が入っていてもおかしくないんじゃないかな、とか想像したんだけど、どうやら主流派キリスト教神学においてそれは異端の考えらしい。へーって感じ。他にもエデンの所在についても、すげー高い山の上にあって無事だった説とか、洪水前に天上へ移送された説とか、洪水で完全に破壊されて実はユーフラテス川などの地名も現在のものは後からエデンの川から勝手に名前をいただいた説とか、諸説さまざまである。

 重い歴史の積み重ねのあるキリスト教神学であるから、これらの問題についても先人が既にさまざまな解釈をおこなっている。紐解くと面白いのだろうけど、漢籍だけで今の俺にはいっぱいっぱいである。

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