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塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

ホームページに聖経(漢訳聖書)創世記の第二章(摶土為人)の訳を追加
焚巣館 -聖経-摶土為人 土ヲ摶(コネ)テ人ト為ス
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/seikyou/01souseiki/02tando_ijin.html

 更新。

 前章では「上帝」とのみ表記されていた創造主であるが、今回は「耶和華」という語が登場する。日本語版共同新訳を確認すると「主なる神」とされているが、我ら邪気眼にはおなじみYHVH、ヤハウェである。本文の現代語訳では一般的な日本の音訳の中から中国語における漢字の音に近いと思われた「エホバ」をルビとして振っている。つまり、ここで初めて上帝(神、天主)が個体らしき存在で登場するのだ。さあ面白くなってきた!

 さて、これまでブログや各ソーシャルメディアに先行して掲載していたものでは、耶和華等の音写の固有名詞には書き下し文で読み仮名をふってはいなかった。しかし、せっかく聖書を書き下すのだから、なにかしてみよう……ということで、当初は試しに伝統的な漢字の音読みを踏まえた読みがなを音写された語につけてみることにしたのである。

 たとえば、耶蘇(イエス)の一般的な音読みは「やそ」であるが、これは「イエス」や「ジーザス」から遠い。しかし、これは私も蓋蘇文の読みを調べる際に初めて知ったのだけど、実は蘇には「ス」という音読みもある。よって、耶蘇は「やす」とも読めるのである。そして"y"は"イ"の音なので、ヤスとは「いあす」であり、かなり「イエス」に近いイメージになるわけだ。……ただ、「やす」という字面があまりにマヌケだしポートピアなので、今度は「耶」に注目してみると、こちらの音読みには「や」以外に「しや」「じや」がある。やはりy音とj音は転じやすく、その形跡は日本語にも見て取れる。「じやす」であれば、これは「ジーザス」に近く、「やす」のようなマヌケさもない。ちなみに古事記を見れば、「斯麻能佐岐耶岐(しまのさきざき)」とあるように、耶に「ざ」を当てている。つまり「ざす」と仮名を振ることもできる。

 ……というふうに各固有名詞にかなを振っていた。亞当(あたう)、埃田(あいでん)、比遜(ひそん)、哈腓拉(はびらつ)、其訓(ぎほん)、古實(くしつ)、希底結(ひていけつ)、亞述(あしゅつ)、百辣(はくらつ)、夏娃(げわ)、該隱(かいん)、亞伯(あばく)、挪得(のとく)、以諾(いなく)、以臘(いらふ)、米戶雅利(めほやりつ)、馬土撒利(まとさちりつ)、拉麥(らもく)、亞大(あだい)、洗拉(せいら)、雅八(やはつ)、猶八(ゆはつ)、土八該隱(どばつかいん)、拿馬(なま)、設(せつ)……挪亞(のあ)、巴別(ばべつ)、羅得(ろとく)、亞伯蘭(あばくらむ)、撒勑(さつらい)……とまあ、マイナーな音読みなどを探して(たとえば羅を「ろ」と読むのは、祭事に用いるソリが修羅と書いて「しゅろ」と読ませるものに由来するし、戶を「ほ」と読むのも限定的で、宍戸を「ししほ」と読むことを発見して採用した等。)ずいぶんといろいろ考えてはみたのだけど、なんというか、手間がやたらとかかる割にイマイチすべてをそうする意味も感じないし、すべてがしっくりくるものばかりではないし。なにより一番最初の固有名詞である『耶和華』にしっくりくる読みができない。「やわくわ」? 「ざわくわ」? 「しえおくわ」? 「しえおくわ」? 華を「は」か「わ」と読む方法はないかと検索するも、なかなか見つからず、どんどんモチベが落ちてきた。

 俺がやりたかったことってこういうのだっけ? と自分で疑問に思いつつ、いろいろ検索していると芥川龍之介の『奉教人の死』にイエス・キリストが『ぜす・きりしと』と表記されていた。

 そう。俺がやりたいのはこういうのだ。

 で、実際に『ぜす・きりしと』が漢字の『耶蘇』の読みとして使われているかを検索してみると、明治初頭に記された『南蛮広記』に耶蘇基督を『ぜすきりしと』と読み、さらには「Euangelho(福音)」の読みを「ゑばんぜりよ」としている。そう、これこれ! 俺の求めているのはこういうのだよ!

 翻って自分が辞書やらなんやらのそれっぽい読みを雑に当てはめるだけの作業で振った仮名のなんと不毛なこと。これ、たぶん歴史的な仮名の音韻をちゃんとつかんで身体化した上でやれば、面白いことになるかもしれないけど、私はその任に堪えない。

 で、同時代に既に存在するよさげなものだけは拾ってそちらを用いようと思い、代表訳本や上記『南蛮広記』と近い時代の日本語版聖書ということで、『訓点聖書』という、漢訳聖書に返り点やフリガナを振ったものを発見したのでこれを参照することにした。そちらを見ると「エホバ」とか「アダム」とか、すでに割と現代にもつながる完成されたフリガナがカタカナでふられている。うーん、当初の目的からするとパッとしないけど、とりあえずこれでいいか……というわけで、書き下し文にはこの訓点聖書に基づく読みが付されている。

 漢字から音を書き起こすことにも意味はあると思っていて、たとえばパレスチナの漢語「巴勒斯坦」を仮名にすると「ぱろくしたん」になる。まずもってこの字面がいいのだけど、それだけでなく「Palestine(パレスタイン)」という一般的な英語読みに近いことから、この作業によってこうした音を日本語として包摂しながら受け入れることができるようになる。先ほど述べたyとjの音韻の変化に関する考察の材料とか、マイナーな音読みや万葉仮名のこともそうなんだけど、こうやって言語を立体的に受け取るのにいい機会かな、と思っていたのに、今回はとりあえず挫折ということで。

 それにしても古實が「エテオピア」で、亞述が「アツシリヤ」だなんて、全然音訳じゃない。なんなら自分が現代語訳のルビを振るにあたって主に参考にしている共同新訳の方が漢語に近く、こちらの方が意訳的である。なんかもうコンセプト全然変わっちゃっているのだけど、とりあえずこれで通しちゃう。ちなみに、すべてひらがなにしようかとも考えたけど、すでにカタカナで記されているものをそう書き換えるのはさすがにあざといと感じてカタカナにしている。「あつしりや」とか「えておぴあ」とか、確かに邪気眼としては心ときめくものがあるのだけど。

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