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塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

トルコでフェミニストがイスラム原理主義と結合し、ネトウヨ、リベサヨ、オタクのすべてがこれを擁護する日が訪れるのは時間の問題である。

人を言葉や理屈より態度で選ぶことをバカのすることだとバカにしてるお利口さんは、言葉や理屈にあっさり騙されると思う。(挨拶)


 で、こちらの続き。というか、ここからがこの件の本題。いや、真の本題はキン肉マンの話なんだけど、それはもういい。お前らに私の漫画の話は早かった。政治の話をしよう。

 トルコのフェミニズムの「これまで」については、これでよいかもしれないけど、「これから」のトルコのフェミニズムに強い不安を私は感じている。というのも、この時の会話の間で飛び出た発言の中に、どうしても引っかかるものがあった。それはケマル・アタテュルクの評価に関して論じてた時である。
 ケマルがフェミニストの活動を制限していたという話を聞いた私が「そういう話を聞いてるとケマルの印象が悪くなるなー」と言うと、彼女に「ケマルは女性にひどいことをしていた。昔はブルカを被った女性を処刑していた。」と返された。

 私はこの時確信した。トルコでフェミニズムがイスラム原理主義と結合し、日本のネトウヨとリベサヨが大同団結してこれを擁護するように動く未来が到来する、と。

 トルコ共和国の建国者ケマル・アタテュルクはイスラム世俗主義の実現者として多くの功罪がある。彼女も「ヒットラーやスターリンなどの独裁者と同じ」「トルコではケマルの肖像画を敬拝しなくては逮捕される」などの批判をしていたし、特に後者などは酷い話である。ゆえに、批判そのものは当然あってしかるべきものであろう。

 そして、ケマルの功績とされているのが「イスラームの伝統的な一夫多妻制度を廃止し、男女平等の同意による一夫一妻婚姻制度を確立したこと」と「ブルカを禁止したこと」である。これは地元の焼き肉屋の待合室に置いてあったトルコ旅行ガイドに書いてあったので間違いない。(私のトルコに関する知識は、これと漫画「赤い河のほとり」に由来するものだけです)

 その暗部として、法律の制定初期には苛烈にもブルカを被った女性を死刑にしていたのだろう。これについての批判はわかる。しかし、それは「明らかに刑罰が重すぎる」とか「刑罰ではないアプローチをすべきではないか」といった批判であるならば、である。私はここからどうにも「女性がブルカを被る自由を奪った」という批判のニュアンスであるように感じられた。
 もちろん、彼女はそうはいっていないが、私は表層的な理屈だけで人の意見は見ない。その中にある無意識の意を見る。そこには、当人の考えや意見だけでなく、時代の流れや社会のムードも反映されることが多いからだ。


 私はケマル・アタテュルクと毛沢東はよく似ていると思う。いずれも独裁者として批難されるが、同時に非西洋で近代国家を成立させた革命家として賞賛される存在である。実際、ケマルも毛沢東も、スターリンの政治体制を真似ていたので、近似するのも当然であろう。ケマルの罪の部分としてはクルド人への同化政策があり、これは毛沢東のチベットウィグルへの政策と似ているが、それについては今回は置いておく。


 毛沢東の行った政治改革の一つに、一夫一妻の婚姻制度がある。これは中国の旧来儒教社会における伝統的な一夫多妻制度が、男が女を占有し男に隷属させる制度であるとして、男女平等の婚姻として制定されたものである。これはケマル・アタテュルがかつてのイスラーム社会を世俗主義国家に転換した際におこなった改革とよく似ている。

 それと私が毛沢東の功績として重く考えるのは、纏足の廃止である。中国では、唐の時代から女性の足を子供の頃から締め上げて小さくする纏足という風習があった。これは欧州で貴族女性の間で流行した極度に腰を小さくさせるコルセットなどと同様、女性の健康を大いに害するものである。中華民国時代から纏足に関しては批判もあったのだけど、中国から完全にその風習が一掃されたのは、文化大革命によってであった。

 纏足は現在の我々からすれば到底受け入れられないような蛮習のように思えるし、実際これは女性が家庭内で虐待されても逃げられないようにするために始まった風習であるとも言われている。そうして考えてみれば、さぞ女性は無理やり纏足をさせられており、前時代的な社会において女性は服従するしかなかったのだろう、と思えるかもしれないが、そう話は単純ではない。
 纏足靴
 これが纏足靴である。纏足のためのものだと考えると禍々しく思えるかもしれないが、純粋にデザインだけを見れば非常にかわいらしく、繊細な職人の技術によって意匠が施されていることがわかるだろう。子供によく似あいそうである。
 なぜ、このようなかわいらしいデザインなのか。当時の中国では、纏足靴を我が娘に送ることは親の愛情のあかしだったからである。そして、娘も纏足靴を親に贈られることを喜んだ。子供が喜び、大人が見てもかわいらしい、纏足靴はそういうデザインでなくてはならなかった。当時の中国では、「働かなくていい女性」というのは貴人の証であり、纏足は女性が農作業などの労働をせずに生きられる裕福な家の女性だけに許された一種のステータスである。娘に喜んでほしい、そして善き女性として生きてほしい、そんな親の願いが纏足靴には込められていたし、それを娘も受け取り、その価値観を愛情とともに内面化していた。それがかつての中国社会である。
(※1)

 纏足はちょうど、お受験教育に似ている。これによって子供は遊ぶ時間も失われたり、時にはノイローゼから心身の健康を害して一生の傷を残すこともあるが、親は子に対して愛情からそれを勧めるし、子はその愛情にこたえようとしたり、それに耐える自分を誇りに思ったりする。顔の美醜などは生まれつきで決まってしまうが、纏足は努力によって自分を変えられる。そんな点もお受験と似ている点であろう。当時の中国は出自不問の難関試験科挙の国であり、男においては科挙の受験地獄が、女においては纏足が、当人の努力のあかしであり、親の愛情の証拠であり、エリートたちのステータスであった。

 かつての中国社会はそのような価値観であったから、民国時代になっても纏足はまったくなくならなかった。むしろ、民国期には庶民も心置きなく貴族の格好ができるとして、逆に纏足が流行したという話さえある。それを粉砕するには、文化大革命のような劇薬に頼るしかなかったのかもしれない。
 「天下の半分は女が支える」とは、毛沢東の言葉である。中国共産党は男女平等と女性の自立をスローガンとしていたから、文化大革命では纏足は女性を労働に従事できない身体にすることで家に縛り付ける反動的陋習として糾弾され、真に美しい足を持つのは労働者階級の女性、農村の女性であるとして賞賛されるとともに、貴族文化を一掃する過程で纏足も厳しく取り締まられた。こうして纏足の風習は中国から姿を消したのである。ああ、毛主席の功績は山より高く、御心は海より深い。


 さて、トルコにおけるフェミニズムの話に戻る。これとトルコのブルカの禁止の話は非常によく似ている。ケマルが当初、ブルカを被った女性を死刑にしていたことは批判されて然るべきであるが、なぜそうなったかはこの纏足の話と併せて考える必要もあるだろう。

 そして、おそらくはトルコのフェミニストたちは今後「ブルカを被れないのは女性差別!」と高らかに叫ぶであろう。これがどういう結果を招くか。この纏足が「どのような形で女性に受容されていたか」を見れば、おのずと答えは見えてくるはずである。
 「ブルカをかぶれないのは女性差別」に始まり、「少女を性的なまなざしから守るためにブルカをかぶせないのは女性差別」「男に服従する自由を奪うのは女性差別」「女性の自由を奪う一夫一妻制は家父長制であり女性差別。イスラムの伝統的な一夫多妻制こそフェミニズム」「イスラーム戦士を育てるという聖なる役割は女性だけに担える崇高な行為」という大合唱がトルコのフェミニストから発せられると私は考える。ブルカを被るのも、屈強なイスラーム戦士を育てるのも、もともと女性のステータスであった。
 そして、私は予言する。ブルカは「性的なまなざしから守るもの」としてトルコのフェミニストから再評価される。これに関しては、性的まなざし論がブルカをかぶせるのと似ているというアンチフェミオタクの懸念にも一理あると言える。一理だけだけど。
 これは誰が何と言おうと確実に実現する未来である。一夫一妻の婚姻制度も家父長制だとしてフェミニズムの文脈から批判されるが、それが伝統的イスラームの一夫多妻制度と結びつくのも間違いない。実際、恋愛工学のカズ藤沢なんかも婚姻制度廃止派だし、その先行事例ともいえるナンパ師恋愛社会学者の宮台真司もフェミニスト面をしているし。

 そして、イスラム原理主義と結合したフェミニズムを批判すれば日本のリベサヨは「それはオリエンタリズムであり帝国主義でありレイシズムであり植民地主義でありネトウヨでありネオナチであり女性差別であり自己決定権の否定であり信教の自由の否定であり宗教差別だああああああああああああアアアッッッッッッッッアッあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」と擁護し、ネトウヨもイスラム原理主義をリベサヨ叩きのために使い始めるに違いない。これはもう完全に予定調和であり、すべては定められたことである。こうなれば→こうなる、という宇宙の法則である。もちろん、ここで述べたように、オタクはトルコのフェミニストがブルカを支持すれば、「やはりトルコのフェミニストはブルカを擁護w」「やっぱりフェミはイスラム原理主義w」「これを批判するなんてイスラム差別ですか?w」とせせら笑うに違いなく、それで漫画やアニメが禁止されようと「やっぱりフェミがアニメを禁止したw」と笑うばかりでイスラム原理主義は不問とするに違いない。

 この話をしてくれたトルコ人フェミニスト女性は同性愛などを擁護していたし、出生を女性の機能として尊ぶことに否定的であったので、イスラム原理主義と結合することはないかもしれない。しかし、それは彼女個人の話であって、トルコでそういったフェミニストは確実に現れるであろう。
 「ブルカを被ることを強制している社会ではブルカが女性への抑圧になるが、ブルカを禁止してる国ではそれが女性の抑圧になる」とか「ブルカは女性差別ではなく女性を男性の性的消費から守り主体的に生きるためのもの」とか、そんな小理屈を並べてるうちに、いつの間にかフェミニストがイスラム原理主義に入れ替わっているに違いない。そう決まった。奴らの浅はかな考えなど手に取るようにわかる。
 こうして、トルコで皆が女性がブルカを被りながら、男の性奴隷となることを自ら望む社会が完成し、それを否定するのは女性差別となる。外ではブルカを着て纏足靴を履き、1人の世紀末野郎に100人で仕えてボコボコにされながら子を10000000人産むのが女性の権利であり女性の誇りであり幸福であり、DVシェルターなどは自己決定権の否定であり女性の自由を奪う女性差別。

 これまで世界は私の予言通りに動いてきた。ラディカルフェミニズムを前提としないリベサヨヴィーガン連中は悉くナチスと化したし、LGBTとフェミニズムが分離して自由主義やネオナチはLGBTと結合しフェミニズムは家父長主義と結合したし、ドナルド・トランプは台頭したし、フランスでは大暴動が起こったし、アメリカが人権理から脱退したように先進国において国連各部門からの脱退はEU離脱と同様に一種の世界的なムーブメントとなりつつある。これらはすべて私の予言通りである。

 イスラム原理主義とトルコのフェミニストが結合する。この予言はフェミニストにもオタクにも、ネトウヨにもリベサヨにも嫌われ、否定されるだろう。しかし、私の予言は必ず当たる。好き嫌いは事実を同定しない。外れたら外れたでそんな未来はウソであった方がいいので、私が一人恥をかくだけで済む話だ。私は誰よりも私の予言が外れることを願っている。


(※1)この部分にはもともと「清王朝咸豊帝の時代、独裁的な権力を振るったとして有名な西太后は、自分の足が纏足によって小さかったことを誇りとしていたそうであるが、これは当時の中国社会のムードを反映する事象であると言えるだろう。」という文章が挿入されていましたが、西太后は満民族なので纏足をしてません。むしろ西太后は禁令を出してます。かなり記憶が混乱してました。当時の中国では清王朝がいくら禁令を出してもまったく纏足は終息しませんでしたし、纏足が女性にとってのステータスだった側面があるのは事実ですので、文章全体の論旨に変化がないことを付記し、この一文を削除します。ご指摘くださった猫柳さんに感謝! コメント欄参照。
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【倭人クッキング】どうせお金もないし、インスタントラーメンを食べよう。

最近は辛ラーメンばかり食べてたんですが、地味に高いんだよなー、お金ないしどうしようかなー、というわけで、今回は安いインスタントラーメンを買って食べます。

評判屋1

で、買ったのがこちら。明星の評判屋とんこつ味。5袋で175円です。辛ラーメンだと360円。半額以下。

評判屋2

中の袋も安そうな感じ。まあ、安いだけあって味もそれなりです。
では、早速つくりましょう。

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とはいえ、インスタントラーメンというのは、名前の通りお手軽簡単ジャンクフードなんで、沸騰した湯にドボンと入れたら終了。後は待つだけ。

麺を茹でた湯を捨てて、サラダ油やごま油を混ぜるとヘルシーだとか、さっぱりしておいしくなるとか、そういうこだわりの調法みたいなのもありますけど、それだったらインスタントじゃない中華そば買ったらいいんでないの、と私は思ってしまう。手軽でジャンクなのがいいんじゃあないか。あくまで個人的な好みですが、生麺の麺職人やラ王より、うまかっちゃんの方が好きです。
ただ、やっぱりせっかくの食事なんだし、野菜も少しくらい摂取しないとなー、と思ったりはするし、パッケージにも「お好みで肉・野菜などを加えますといっそうおいしく召し上がれます」とある。野菜を加えるのはメーカーも推奨する作法。なので、3分の待ち時間に、ちょっぴりラーメンに足すための野菜を用意しよう。ちょい足しというやつだ。

まずはこちら。
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インスタントラーメン定番のもやし。昔はよく、そのままインスタント麺を作る鍋に放り込んでました。これだけで21円です。

次にこちら。
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これまた定番のねぎ。3袋で108円なので、これで36円。

続いてこちら。
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小松菜、にんじん、たまねぎ。小松菜は75円で3束だったので、これで25円。にんじんとたまねぎは3つで102円だったので、それぞれ34円です。ここまでの野菜を全部合わせると、144円ですね。ラーメン本体は35円ですので、合計179円。

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にんじんと玉ねぎは炒めて入れます。

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というか、めんどくさいからねぎももやしも小松菜も全部炒める。

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完成が近づいてまいりました。

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ちなみに、スープの素は半分くらい残して野菜に入れました。たかだかインスタント麺にのっけるだけの野菜に対して別の味付けをわざわざするのもなんだし、それだと塩分摂りすぎるし。

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器に入れて……

ラーメン2

ラーメン3

野菜を乗せる!

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完成!!

なんで全部野菜つかっちゃうかって、切り刻んだの残したら管理しきれなくて腐らせちゃうから。全部一回で使い切って全部食べちゃうのが私の場合は一番経済的。ちなみに、今回使った野菜は全部で766gです。

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おしまい。
あとはバナナとか食べてるんで、これ一食+αの300円くらいで一日野菜果物あわせて1㎏くらい。

【論語私箋】克己復礼のパラドックス


顔淵問仁。
子曰、克己復礼為仁。一日克己復礼、天下帰仁焉。為仁由己。而由人乎哉。
顔淵曰、請問其目。
子曰、非礼勿視。非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動。
顔淵日、回雖不敏、請事斯語矣。


 顔回が仁について質問する章句である。顔回は孔子の弟子の中でも、後継者と目された最も有名な高弟であり、仁は儒教の最高徳目とされる最重要概念である。ゆえに、この対話はいわば奥義の伝授であり、論語の中でも特に難解な章句であると考えられるもので、不敏な私に通釈できるかは不安であるが、孔子の「仁」に関する重要な章句であることは判然としているため、蛮勇を振るってこれを解釈しよう。
 顔回に「仁」について問われた孔子は「克己復礼」を「仁」とし、一日「克己復礼」をすれば、天下は「仁」に帰すると述べる。そして、「仁」は「己」に由るものであって、他人に由るものではない、と顔回に伝える。そこで顔回は、それを行うために具体的な条件を聞く。孔子は、礼でなければ、視たり、聴いたり、言ったり、動いたりするな、とこたえる。顔回は、これを行う努力をすると孔子に告げ、席を離れた。
 さて、ここで「仁」とされている「克己復礼」とはなにか。従来的な解釈では、克己とは「自分に打ち勝つ」ことである。ならば、「克己復礼」とは、自分に打ち勝ち、礼に立ち返ることであり、それが孔子の定義する「仁」ということになるであろう。一日で天下、つまり世界のすべてが「仁」に帰するとは、なんともスケールの大きい話である。そして、孔子は顔回に、あらゆることで、礼でないことを一切行ってはならないと命じる。これをそのまま受け取るなら、滅私して礼に外れることなく奉公することが「仁」であり、それによって、たった一日で世界のすべてが「仁」へと帰着する、と考えることができる。
 自分がたった一日だけ礼儀作法に外れなければ、世界中の人々が「仁」に目覚める。確かに、孔子は古の帝王である舜が、恭しく礼に則り王座に居ただけで、それ以外になにもせずとも天下のすべてを治めることができたと述べている(衛霊公第十五 無爲而治者、其舜也與、夫何爲哉、恭己正南面而已矣)。とはいえ、礼だけで天下を治めることが可能かは置くとしても、たった一日で天下のすべてに自らの礼の効力を発揮できるものだろうか。いかに礼を強力なものと仮定しても、世界中の人々に正しい礼に則る姿を見せることはできないし、伝聞や間接的な影響を考慮しても、世界中の人々を感化するには一日では足りない。そして、完全に主体性を失った礼儀作法のために自己を犠牲にすべきだと孔子は顔回に命じているのだろうか。もうしそうであるならば、孔子の仁は実態と剥離した効用を騙るだけの迷信的な呪術、抑圧的な古代道徳との謗りは免れない。

 しかし、この章句がひとつのパラドックスを含有している。そして、この解釈では、その解決がまったく為されていないのである。
 ここで克己するのは誰であろうか。当たり前に考えれば、己である。だが、克己が「自分に打ち勝つ」の意であれば、「自分が自分に打ち勝つ」ことになる。しかし、己が己に打ち勝つのであれば、己が己に打ち負けるはずで、こんなことが成立しないのは明白である。この章句を解き明かすには、パラドックスの解決を図る必要がある。
 あるいは、孔子の言葉が「克己復礼為仁」のみであれば、己に打ち勝つ主体を「礼」であるとも解釈できるかもしれない。礼という公共的な概念に、私を殺して奉じる、滅私奉公の精神を説いたものである、と。しかし、上述の通り孔子は「仁を為すのは己に由るもので、他人に由るものではない(為仁由己。而由人乎哉)」としている。仁を為すとは自己の主体的な遂行であり、そして仁とは克己復礼である。ならば、克己復礼とは、人間の主体性に由来する行為であるはずで、やはり克己する主体は己と解釈すべきであろう。
 この克己のパラドックスを解決するにあたって、慣習的には、強い自分と弱い自分、あるいは善き自分と悪しき自分とを弁別し、前者が後者に打ち勝つことを想定する。慣用句として克己の語を用いる際であれば、それでいいかもしれない。しかし、この章句においては、強い自分や弱い自分などの二種類の対立する己が存在するとは明記されていない。このパラドックスの解決は、あまりに強引である。

 ここで少し迂回しよう。克己復礼とは論語における「仁」の説明である。ならば、丹念に論語をはじめとした経典を引き、そこで説明される「仁」の説明と照らし合わせていけば、克己の意味を、より深く洞察することができるはずである。まず、仁についての論語の他の章句を参照しよう。
 孔子は仁に関してはっきりと定義しておらず、相手や状況によって説明を変えている。たとえば、不出来な弟子である樊遅に仁を問われた際は、孔子は「人を愛せ(愛人。顔淵篇第十二)」だと教えた。また、別の優秀な弟子である仲弓に対しては、仁を「自分のして欲しくないことを人にするな(己所不欲、勿施於人。顔淵篇第十二)」としている。顔回との問答に比べると内容が平易であることが分かるだろう。

 さて、顔回に次ぐ孔子門下きっての秀才であった子貢は、仁について次のような問答を孔子としている。

子貢は質問した。
「もし、民衆にひろく施しをして救済ことができれば、どうでしょうか。仁ということができるでしょうか」
孔子はこたえた。
「それは仁どころの話ではない。もはや、聖の領域ではないか。古の聖王である堯や舜でさえも、それらのことには心を悩ませたのだ。仁とは、己が立とうと欲して人を立て、己が達さんと欲して人を達し、自分の身近なことに引き寄せて人を考える。これが仁というものだ」
(子貢曰、如有博施於民、而能濟衆、何如、可謂仁乎。子曰、何事於仁。必也聖乎。堯舜其猶病諸。夫仁者、己欲立而立人、己欲達而達人、能近取譬。可謂仁之方也已)


この子貢の問答は、顔回の問答と対比するに最もふさわしいものである。
 まず、子貢は天下の民衆をひろく救済することを仁だと考えて孔子に質問した。もしかすると、子貢は顔回と孔子の対話を横で聞いており、「一日克己復礼すれば天下は仁に帰する」をそのように解釈したのかもしれない。それに対して、あまりにスケールの大きな話を始める子貢を孔子はたしなめ、仁とはなにかを伝えた。孔子は仁を決して実践の難しいものとしてはとらえておらず、他の章句でも、ただ継続することが難しいとしている。(仁は遠いものではない。私が仁を欲すれば、ここに仁はある。仁遠乎哉、我欲仁、斯仁至矣)(顔回は三ヶ月も心から仁を離さなかった。仁囘也、其心三月不違仁)ここで仁の説明として提示される「己立たんと欲して人を立て、己達するを欲して人を達す」は、要約すれば「自分のして欲しいことを人にせよ」であり、これは「己の欲せざる所を人に施すこと勿れ」の能動的な形である。そして、仁とはこのように「自分に引き比べることができること(能近取譬)」であるとする。ここから導き出せる答えは、「仁」とは自己と他者を重ね合わせ、他者を自己と同様に扱うことである。そして、この「自分のして欲しいことを人にせよ」「自分のして欲しくないことを人にしてはならない」という仁の概念は、「克己復礼」と同一の概念である。
 克服、超克など、克には、ただそれに勝ることではなく、それを乗り越える、あるいは、自らの中に取り込む、といったニュアンスを帯びている。克化とは、食べ物の消化を意味するが、克は細かく刻むという意味が含まれるとともに、自らに取り入れることも意味する。また、詩経に「莫其德音、其德克明。克明克類、克長克君(大雅・皇矣)」とあるが、ここでの克は「できる」「はっきりとさせる」ことである。「克長」「克君」は「首長を務めることができる」「君主を務めることができる」ことを意味し、打ち倒すとはまったく違った意味を持ちながら、乗り越える、自らが身に着ける、というニュアンスは共通である。則ち、「克」という字そのものが対象を「はっきりさせる」と「打ち消す」というパラドックスを含有しており、それは「乗り越える」という意味として止揚される。自己超克の思想が仁であると理解しなくてはならない。
 こうして、克己復礼のパラドックスはパラドックスのままで解決する。克己とはなにか。己が己であることに克つことである。換言すれば、自己が自己であることを乗り越えることである。これは決して、自己を滅すること、抹殺することではない。荘子は至人には己が無い(至人無己。荘子逍遙遊篇)と述べたが、仁人の克己はこれと違っている。克己とは自己が主体的に自己を顕在化させ、同時に自己を超克することである。
 これは、時に自己犠牲を伴うことがあっても、自己犠牲そのものを尊ぶ倫理とは違う。身を殺して仁を成す(子曰、志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁)とは、あくまで己の「身」を殺すのであり、それは他者に自己を見出しているからこそ、自己の身を犠牲にすることができるのである。
 それゆえに、克己復礼は欲望の否定ではない。論語において、孔子は富や名誉を欲することについても、道を外れてまで得ようとすることを戒めるのみで、決して欲そのものは否定しておらず(富與貴、是人之所欲也。不以其道得之、不處也。顔淵篇第十二)、政治における五つの美徳のひとつとして、「欲にして貪らず(欲而不貪。堯曰篇第二十)」を挙げている。また原憲が孔子に不欲を仁といえるか質問した際には、孔子は「それができれば大したものだが、仁といえるかどうかは知らない」と返事をするのみであった。(克、伐、怨、欲不行焉、可以為仁矣。子曰。可以爲難矣。仁則吾不知也。欲とともに、克も提示されている)なぜなら、人は自己の欲を知ることで他者の欲を知り、その心を推し量ることができるからである。
 また、「一日克己復礼すれば、天下は仁に帰す」とは、決して子貢のいうような「能く博く民に施して能く衆を済う」といった天下すべての民衆に対し、直接的な恩恵を施すことではないし、そもそも礼を遂行する自分を天下の民衆に見られたり、知られたりすることではない。一日とは、僅かな期間のことである。天下のすべてに、自らの行為について知らせることは、堯舜のような古の権力者でも困難であり、仁がそのような大仰な行為でないことは孔子自身が既に説明している。では、「一日克己復礼」した際に「天下が仁に帰する」とは、いったいどのような状態であろうか。それは、その先の礼に関する問答にて説明される。
 顔回が克己復礼の実践について方法論を問うと、孔子は、礼でなければ視ない、聴かない、言わない、動かないよう顔回に提案する。確かにこれは一見すると、禁欲と公共への服従を説いてるように見える。しかし、ここでの孔子は無欲を命じて公共に私を埋没させるだけの抑圧的な道徳を説いているわけでは決してない。孔子は「仁については師にも譲ってはならない(當仁不譲於師。衛霊公篇第十五)」と述べており、仁が答えのはっきりした硬直的な公理ではない有機的な概念であるとともに、社会的身分を遥かに超えた普遍性を持ちながら、窮めて自律的でその人の主体性に属するものであるこは明白である。同時に孔子の「人にして仁なくば、礼を如何せん(人而不仁、如礼何。八佾篇第三)」という言は、仁が礼に必要不可欠なものであることを示している。これらを整合すると、礼とは形式としての儀式ではなく、人の本然であり、内在する精神の発露であるとわかる。お辞儀の形式や、儀式の道具の決まりなどはあくまで「儀」でしかなく、「礼」は天の経、地の義、民の行であると春秋左氏伝にて述べられている(是儀也、非禮也。子產曰、夫禮、天之經也、地之義也、民之行也。春秋左伝・昭公二十五年)。孔子は仁と礼とを直列に繋いでおり、固より私と公の対立など想定していない。仁とは主体的でありながら他者との関係性の中に存立し、礼は他者との関係性の中に存立しながら主体的である。
 そして、孔子の述べた視る、聴く、言う、動くの四者のうち、視聴は外界を自らに取り入れる行為であり、言動は自らの内部から外界に働きかける行為であると気づかなくてはならない。内在する自己を外在化させ、外在する他者を内在化させる循環に仁は存在する。礼は自己と天下との関係性の総体であり、克己復礼とは、内界と外界とを相互に連動させる様態であると理解できるだろう。これは、個人の絶対性を超克する論理である。
 ゆえに、克己復礼は独我論でもない。仁は、自己と天下を一体化すると雖も、主観もまた自己の独占にとどめ置かないからである。人は一人ではない。自己は他者が存在することで成立する。自己と他者とを確認することから仁は出発し、人と人とを紐帯するところに仁は成立する。仁は、他者の中に自己を見出すと同時に、自己の中に他者を見出し、自己に他者を引き寄せると同時に、他者に自己を明け渡さなければならない。
 仁とは、自己と他者の枠を超えた世界の包摂である。克己復礼とは、自己に世界を反映させ、世界に自己を反映させる、その循環である。ゆえに克己復礼すれば、天下は仁に帰するのである。