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愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。
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京大が世間に屈したそうです
— 京都大学東京大学同好会 (@to_kyotodaigaku) November 11, 2020
世が軍国主義に向かう中でも空気を読まず反発し、軍事教練は適当にこなしてたような京都大学が、世間に耳を傾けて自らが学問と称したものを撤回し謝罪した
誰がなんと言おうと主張を貫く京大はどこですか?
京大 緊縛動画を公開停止し謝罪https://t.co/qrECOqYMnf
本章句は、『温故知新』という故事成語にて有名であり、これは「古いことを学ぶことで新たな発見ができる」という意味で解釈されてきた。しかし、古いことから新しいことを見いだすことが、なぜ師となることにつながるのだろうか。この解釈では前段が後段の『師』という概念と十全に接続されていないように思われる。≪原文≫
子曰、温故而知新、可以為師矣。
≪書き下し文≫
子曰く、故きを温(たず)ねて新しきを知る、以て師と為す可し。
これとか、仮に、 #男だけの街 や、 #女だけの街 が本当に出来たなら、俺ならそこにミサイルブチ込むわ。
だって今までの人類の歴史や努力を、楽したいから、という理由で全否定しているようなものだもの。街そのものが侮辱行為の塊よ。
— 天狗の国からやってきたアゴニィ (@IfybcA) 2020年1月14日
これとか。https://t.co/Dky2e3ShWg それを何と言うか知ってるか♪「ホモソーシャル」って言うんだぜ(笑)そ、君達フェミが「根絶してやる絶対破壊してやる許されざる悪だ!」って言って来た奴。そしてそれを真に受けた戦後日本はホモソを解体しちゃって結果こういうオジサン達が孤立するようになった訳よ。
— MAXIMAM357@RIGHT OF MGTOW (@Maximam357A2) 2020年1月12日
先の人はこういう謝罪文を出したようだけど、ホモソーシャルとはなんぞ、という基本事項をちゃんとおさらいした方がよいのではないかと思う。二番目に挙げたアンチフェミのゴミみたいな言いがかりはひでーなーと思うけど、同時にホモソーシャルのなにが問題なのかについて、Twitterなんかでは順序だてて論じられているところを私は見たことがない。もしかしたらあったかもしれないが、小難しい専門用語が並んでたり、難解な言い回しで書かれてて、私には理解できなかったからスルーして記憶から消えてるような気がする。そんな状況だから、こういうアホらしい話が登場する側面はあるだろう。https://t.co/5Iv5h0IWBY pic.twitter.com/XmsvpT9bQN
— 天狗の国からやってきたアゴニィ (@IfybcA) 2020年1月15日
これ、読んで理解できる人いるの? 私くらいじゃないか、一切前提知識なしでこれを読んでホモソーシャルとはなにかを理解できる人。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A2%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB
ホモソーシャル (英: homosocial) とは、恋愛または性的な意味を持たない、同性間の結びつきや関係性を意味する社会学の用語。友情や師弟関係、メンターシップ、その他がこれに該当する。対義語であるヘテロソーシャルは異性との同様な関係を指す。2人以上の人間が結ぶ関係は、ホモソーシャル(同性と)、ヘテロソーシャル(異性と)、バイソーシャル(両性と)のいずれかでありうる。
ホモソーシャルという言葉は、イヴ・セジウィックによる「男性のホモソーシャル(同性間の結びつき)への欲望」という議論によって普及した[1]。それよりも早い1976年に、ジーン・リップマン=ブルーメン(英語版)が性的な意味ではなく、社会的な意味での、同性の仲間への選好をホモソーシャリティ(homosociality)と定義している[2]。
男性間のホモソーシャルは体育会系などで顕著に見られる緊密な絆で、しばしばミソジニーあるいはホモフォビアが伴う。ホモソーシャルな関係によって、強制的に異性を愛すること、そして女性の家事労働に頼ることが前提として成り立っている家父長制が構成される。
ホモソーシャルの概念を提唱した、アメリカのジェンダー研究者のイヴ・セジウィックは、「二人の男が同じ一人の女を愛している時、いつもその二人の男は、自分たちの欲望の対象だと思っている当の女のことを気にかける以上に、はるかに互いが互いを気にかけている」ことを指摘した。
なお、研究者の中には、この概念を女性同士の関係にも適用し、「女性のホモソーシャル」を論じる者もいる。東園子は、やおい・ボーイズラブを好む女性オタク(いわゆる腐女子)や演者は女性だけで構成されている宝塚歌劇団のファンの女性の間でホモソーシャルな絆がみられると論じている[3][4]。
近年、ホモソーシャルは男性と男性の繋がりだと誤認されがちだが、女性と女性の繋がりもホモソーシャルとなる。さらに言えばホモという言葉も同性という意味である。
これだけでは、単純に「同性間の結びつき」としか読み取れないだろう。これだけ読んで、ホモソーシャルのなにが問題かわかる人がいるのだろうか。いたらすごいと思う。ホモソーシャル (英: homosocial) とは、恋愛または性的な意味を持たない、同性間の結びつきや関係性を意味する社会学の用語。友情や師弟関係、メンターシップ、その他がこれに該当する。対義語であるヘテロソーシャルは異性との同様な関係を指す。2人以上の人間が結ぶ関係は、ホモソーシャル(同性と)、ヘテロソーシャル(異性と)、バイソーシャル(両性と)のいずれかでありうる。
ここもそうだ。これだけ読んでピンとくる人がどれだけいるのか。ホモフォビアだとか、女性の家事労働に頼るとか、それが問題であることはわかっても、それと同性間の結びつきとの関係がイマイチわからない。男性間のホモソーシャルは体育会系などで顕著に見られる緊密な絆で、しばしばミソジニーあるいはホモフォビアが伴う。ホモソーシャルな関係によって、強制的に異性を愛すること、そして女性の家事労働に頼ることが前提として成り立っている家父長制が構成される。
これを読んだ段階で私はすぐにピンと来た。でも、たいていの人はピンとこないと思う。ホモソーシャルの概念を提唱した、アメリカのジェンダー研究者のイヴ・セジウィックは、「二人の男が同じ一人の女を愛している時、いつもその二人の男は、自分たちの欲望の対象だと思っている当の女のことを気にかける以上に、はるかに互いが互いを気にかけている」ことを指摘した。
もちろん、私のけもフレナチス論は考えすぎではない。これは考えるほどのことではなく直感的にわかることだし、もしこれが考えすぎなら皆が考えなさすぎなのである。東夷さんのけもフレに対する解釈は考えすぎのような気もするけど、のけものがのけものでいられることが大事という点に関しては同意する。
— hts (@ninomai2) September 4, 2018
えっ!?この人ってようこそジャパリパークへ作詞作曲、SSSS.GRIDMANOPテーマ、ウルトラマンルーブ主題歌などを歌っている今をときめくトップアーティストオーイシマサヨシさんと共に幕張メッセで5000人を前にライブをした加藤純一ですか!?こんな酷いことを言ってたなんて信じられません pic.twitter.com/i6KnXIvErC
— GALE BOOMERANG (@flipflappers557) December 19, 2018
この作詞をした大石昌良が差別主義者DV戦士加藤純一の仲間だと判明したことで、私のけもフレナチス論が正しいと更に更に更に証明された。たいだい、このご時世に『やおよろず』だの『ジャパリパーク』だの安易に使ってる連中がウヨじゃないか怪しまないのは勘が鈍いと言わねばなるまい。


Twitterはナチス
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いま、お前みたいな者が幸せになってはいけない、お前は性犯罪者予備軍だ、お前は怠惰で中途半端な人間だ、お前はいるだけで空気を乱して迷惑だ、と頭のなかでぐるぐるしてるんだがどうしたらいい?
— うちゅうじん( ●.●)ノ~~ (@jimmynicol88888) 2019年11月10日