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塗説録

愁いを天上に寄せ、憂いを地下に埋めん。

国際歌(中国語版インターナショナル)の日本語訳をホームページに掲載


焚巣館 -国際歌-
https://wjn782.garyoutensei.com/kanseki/kanshi_kindai_kakumei/kokusaika.html

 本日の更新。訳は半年くらい前にしたはず……。ブログに掲載したっけ? まあいいや。近代革命詩歌 コーナーを設けた後になってこの訳を思いだすという体たらく。いやはや。

 改めて思うけど、日本語版インターナショナルは内容が省かれすぎているなーって。別に今の訳詞が悪いわけじゃないんだけど。むしろ綺麗な漢文脈の文語調でよいものなのだけども。文字数については英語などの言語に比べてめちゃ省ける一方、歌のシラブル数がやたらに多くなってしまうという日本語の性質なので仕方ないと諦めるしかない。

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䷣地火明夷

䷣地火明夷
 明夷、苦しくもあるが正しくあればうまくゆく。

彖傳
 日月が地中に入ることが明夷である。内面は文化的で賢明でも外面が柔和で素直なら大いなる災難を被る。文王がそうであった。『苦しくもあるが正しくあればうまくゆく』とは、その賢明さを韜晦したからだ。内面に災難はある。それでも自らの目的を正しく持つがよい。箕子がそうであった。

象傳
 「日月が地中に入ることが明夷である。」とは、君子が衆目に臨むにあたって韜晦することだ。それが「明」である。

 初九、日月が傷つき、飛びゆく鳥はその翼を垂らす。君子はどこまでもゆく。三日も食事をせずに。去る先があれば、主君からの言葉がある。

象傳
「君子がどこまでもゆく」ことの義は、食事をしないことである。

 六二、日月が傷つき、左股も傷つけられるが、そこで馬の壮健なものを助け出す。吉。

象傳
 六二が吉なのは、素直に規則に則るからである。

 九三、日月が傷つき、南に狩りへゆく。あなたは大首を獲得する。急ぐな。正しくあれ。

象傳
 南に狩りへゆく目的は、大いに得ようとしてのことである。

 六四、左腹に入る。傷ついた日月の心を獲、門の庭から出る。

象傳
「左腹に入る」とは、心意を獲ることだ。

 六五、箕子の傷ついた日月。正しい行いはうまくゆく。

象傳
 箕子の正しさとは、明哲を終息させないことだ。

 上六、明なき韜晦。最初は天に登るが、最後には地に入る。

象傳
『最初は天に登る』のは四方の国を照らすことであり、『最後には地に入る』のは規則を失うことである。

【漢文】
䷣地火明夷
 明夷、利艱貞。

彖傳
 明入地中、明夷。內文明而外柔順、以蒙大難、文王以之。利艱貞、晦其明也、內難而能正其志、箕子以之。

象傳
 明入地中、明夷、君子以蒞眾、用晦而明。

 初九、明夷于飛、垂其翼。君子于行、三日不食、有攸往、主人有言。

象傳
 君子于行、義不食也。

 六二、明夷、夷于左股、用拯馬壯、吉。

象傳
 六二之吉、順以則也。

 九三、明夷于南狩、得其大首、不可疾貞。

象傳
 南狩之志、乃大得也。

 六四、入于左腹、獲明夷之心、出于門庭。

象傳
 入于左腹、獲心意也。

 六五、箕子之明夷、利貞。

象傳
 箕子之貞、明不可息也。

 上六、不明晦、初登于天、後入于地。

象傳
 初登于天、照四國也。後入于地、失則也。

【書き下し文】
䷣地火明夷
 明(ひつき)の夷(そこなひ)、艱(くる)しくも貞(ただ)しきに利(よろ)し。

彖傳
 明(ひつき)の地(つち)の中(うち)に入りたるは、明(ひつき)の夷(そこなひ)なり。內は文明にして外は柔順(すなほ)、以ちて大いなる難(わざはひ)を蒙(かうむ)るは、文王之れを以ちてせり。艱(くる)しくも貞(ただ)しきに利(よろ)しきは、其の明(あきらか)なるを晦(かく)さばなり。內に難(わざはひ)あり、而(しか)れども能く其の志を正すは、箕子之れを以ちてせり。

象傳
 明(ひつき)の地(つち)の中(うち)に入りたるは、明(ひつき)の夷(そこなひ)なるは、君子の以ちて眾(もろひと)に蒞(のぞ)むに、晦(かく)すを用ちてさば、而(しか)るは明(さかしき)なり。

 初九、明(ひつき)は夷(やぶ)れ、于(ゆ)く飛(とり)は其の翼を垂る。君子は于(ゆ)き行(ゆ)きて三日食はず、往(ゆ)く攸(ところ)有らば、主人(あるぢ)に言(ことば)有り。

象傳
 君子の于(ゆ)き行(ゆ)くが義は食はざるなり。

 六二、明(ひつき)は夷(やぶ)れ、左股を夷(そこな)ふも、用ちて馬の壯(たけだけ)しきを拯(たす)く。吉。

象傳
 六二の吉なるは、順(すなほ)にして以ちて則(したが)へばなり。

 九三、明(ひつき)は夷(やぶ)れ、于(ゆ)きて南に狩る。其の大いなる首(かしら)を得。疾(はや)る可からずして貞(ただ)し。

象傳
 南に狩るの志は、乃ち大いに得たらむとすればなり。

 六四、左腹に入り、明(ひつき)の夷(やぶるる)の心を獲、門の庭より出づ。

象傳
 左腹に入るは、心意(こころ)を獲るなり。

 六五、箕子の明(さかしら)の夷(そこな)ひ、貞(ただ)しきに利(よろ)し。

象傳
 箕子の貞(ただ)しきは、明(さかしき)の息(やす)む可からざればなり。

 上六、明(さかしき)にあらずして晦(くら)し、初めは天に登り、後に地(つち)に入る。

象傳
 初めの天に登るは、四國(よものくに)を照らさばなり。後に地に入るは、則(のり)を失へばなり。

 ここでの明とは日と月であり、同時に賢明さである。日月が沈む暗黒の時代には下手に賢明さを露わにすることは危険であり、だからさっさと隠してしまった方がよい、という内容。推奨されるのはキチガイのふりである。

 キチガイのふりは伝統的に中国で推奨されている。書いててなんつー話だと思うけど、文中で紹介される箕子は、論語でも「殷に三仁あり」と、暴君に支配されて滅びゆく殷王朝の中にあってそれに抗った三人の賢者のひとりとして顕彰されている。キチガイのふりは賢者のふるまいなのだ。また、荘子にも楚国の狂人が孔子に対して狂気の世界で正気のままであることを嘲笑し、「迷陽」を推奨するエピソードがある。「迷」は物事がよくわかっていない状態、要はアホ、マヌケのことであり、ここでの「陽」は表層、表向き、転じて偽ってなにかの"ふりをする"の意、よって「表向きだけアホなふりをする」ように推しているのだ。

 狂人を真理の体現者とする考えは他の地域でも見られる。キリスト教における東方教会、いわゆる正教会では最も聖なるものは愚かな姿で現れるとして、愚かなしぐさで物乞いをしながら生きる信仰者を時にユロージヴイと呼んで尊んだ。これは漢語にて聖痴愚とも佯狂者とも訳されるが、「佯」とは「ふり」であり「狂」は言うまでもなくキチガイ、つまり佯狂者とはキチガイのふりをする者である。

 この卦の面白いところは、前文で周文王よりも箕子の方が優れているように読める点だろうか。周文王は伝統儒教における最大級の聖人のひとりとされる。一般に周文王とは、殷王朝の支配下にあった周という国を大いに発展させ、自らの大徳で民衆から大いに慕われ、対する当時の殷は紂王という暴君の代であったことから、いつ周が殷に代わって政権を獲得してもおかしくないほど文王が実権を得ていたにもかかわらず、自らが殷に取って代わることはなく臣下として仕え続けたことが美談とされている。彼の次男の武王が殷を討伐して革命を成し遂げたことで、彼は死後に顕彰されたが、生前には紂王に長男を殺され、失意の中で死んだのであった。対する箕子は文王と同時代を生き、殷の暴君紂王の叔父であったが、紂王の贅沢が行き過ぎることを早くから見抜いてキチガイのふりをし、首都からはるか遠い朝鮮にまで逃げ延びたことで、むしろ革命後も生きながらえてその地の領主として君臨することができた。確かに冒頭で紹介される両者は、自らの賢明さを表に出した者と裏に隠した者とで対照的で、明哲保身という意味では箕子の方が賢明であったと評価することはできよう。劉邦に仕えた儒者のうち、実直な酈食其は死に、表裏比興の叔孫通は生き延びた。また、周王朝は始皇帝以前に亡びたが、箕子朝鮮は漢の勃興後まで残った。


 ところで『明夷』という語を冠するものとしては、清初に記された儒書の明夷待訪録が有名。元来の王権は民衆から押し付けられる町内会長のような"貧乏くじ"な役割であったことを論じていたりとか、あるいは学生の選挙によって学長が選任される学校自治の主張など、これは清末に革命の書として尊ばれ、中国近代化の一翼を担った。それだけでなく他にも貨幣論などのさまざまな論考が封入されていてとてもよい。これは普通に面白いのでオススメ。

䷊地天泰

【現代語訳】

 泰、小なる過去が大いなる未来となる。吉。うまくゆく。

『小なる過去が大なる未来となる。吉。うまくゆく。』とは、つまりここで天と地が交わり、そして万物が通行するということだ。上下が交わることで、それらの目指すものが一致する。内側が陽であり外側が陰、内側が健やかであり外側が従順、内側が君子であり外側が小人であるから、君子の道がいつまでも続き、小人の道が消失する。

 天と地が交わることで泰平となり、その後は財を用いて天地の道を完成させる。天地の宜を輔弼するのは左右の民である。

 初九。茅を抜いて食べようとすると、それらの根の繋がったものが一度に抜ける。遠征に吉。

「茅を抜く」「遠征に吉」なのは、目指すものが外部にあるからだ。

 九二。荒廃を覆い尽くそうではないか。はだしで黄河を渡るようにして。遙かなる地に思い残すものはなく、朋友も失われる。中行に至ることができたのだ。

 荒廃を覆い尽くし、中行に至ることができれば、栄光は大いなるものとなるのだ。

 九三。崩落しない平和もないが、去るものに帰らぬものもない。苦しむことになるが正しくあらば咎はない。心配するな。あなたにまごころがあれば、食べることに福もあろう。

「去るものに帰らぬものはない」とは、天地の終焉である。

 六四。風の中を羽のように軽薄に舞う。裕福になるわけではないが、あなたには隣人がいる。厳格さを捨て、まごころを持つがよい。

「羽のように軽薄に風に舞う。裕福になるわけではない。」とは、皆が実りを失うからだ。「厳格さを捨て、まごころを持つ」とは、心の底からの願いである。

 六五。帝乙が妹を嫁がせることで天の恩寵に社会があずかる。元吉。

「天の恩寵に社会があずかる。元吉。」とは、中にあって心のままに行くからだ。

 上六。「建てた城は堀の中に埋め戻せ」「軍事を用いてはならぬ」村落から命を告げる。正しくはあるが、しみったれている。

「建てた城は堀の中に埋め戻せ」とは、その命が乱れているからだ。

【書き下し文】

 たいわづかに往きておほいに來たれり。よろしきにしてとほれり。

 たいわづかに往きておほいに來たれり。よろしきにしてとほるは、則ち是に天地あめつちは交はり、而りて萬物よろづかよふなり。上下かみしもは交はり、而りて其の志は同じきなり。內ににして外にかげ、內に健やかにして外に順ふ、內は君子くんしにして外は小人しょうじん君子くんしの道は長く、小人しょうじんの道は消ゆるなり。

 天地あめつちは交はりたいらぎ、后にたからを以ちて天地あめつちの道を成し、天地あめつちよろしきを輔相たすくるに左右すけの民を以ちてせむ。

 初九しょくちがやを拔きてくらふに、其のともがらを以ちてす。くによろし。

 ちがやを拔きてかばよろしきは、こころざしの外に在ればなり。

 九二きゅうにさかしまを包むに馮河かちわたるを用ちてす。はるかののこりはあらず、ともは亡び、まことみちたるを得たり。

 さかしまを包み、まことみちたるを得たりて、以ちてひかりおおいなるなり。

 九三きゅうさんたいらにしてかたむかざる无く、きてかえらざる无し。くるしみてただしきにとが无し。うれふ勿れ。其れまことしょくに于いてさいわ有り。

 きてかえらざる无きは、天地あめつちきわなり。

 六四ろくし翩翩ひらひらとしてまず、以ちて其のとなりあり。いましめずして以ちてまことあり。

 翩翩ひらひらとしてまざるは、皆がまことを失へばなり。いましめずして以ちてまことあるは、中心まごころねがひなり。

 六五。帝乙ていいついもとつがせしめ、以ちてさいはひあり、まことよろし。

 以ちてさいはひあり、まことよろしなるは、まことにして以ちてこころおこなへばなり。

 上六。しろほりかへるべし。いくさもちふ勿れ。むらみことのりぐ。ただしくもしみあり。​

 しろほりかへるは、其のみことのりみだるればなり。

【漢文】

 泰。小往大來、吉亨。

   泰、小往大來、吉亨。則是天地交、而萬物通也。上下交、而其志同也。內陽而外陰、內健而外順、內君子而外小人、君子道長、小人道消也。

 天地交泰、后以財成天地之道、輔相天地之宜、以左右民。

 初九。拔茅茹、以其彙、征吉。

 拔茅征吉、志在外也。

 九二。包荒、用馮河、不遐遺、朋亡、得尚于中行。

 包荒、得尚于中行、以光大也。

 九三。无平不陂、无往不復、艱貞无咎。勿恤其孚、于食有福。

 无往不復、天地際也。

 六四。翩翩、不富、以其鄰、不戒以孚。

 翩翩不富、皆失實也。不戒以孚、中心願也。

 六五。帝乙歸妹、以祉元吉。

 以祉元吉、中以行愿也。

 上六。城復于隍、勿用師。自邑告命、貞吝。

 城復于隍、其命亂也。

 地天泰の卦。天地の通交であり世界の再生を示す革命の卦である。完成によって終焉と崩壊を示す天地否の対。

 秩序の回復と世界の再生を暗示し、『泰』という安定をかたどる卦であるが、天地の崩壊からの再生である以上、序盤はむしろ危険と苦難をはらんだ爻辞が多い。遠征し、裸足で黄河を渡るようにして朋友を失ってでも正しい道を歩み、飢えをしのぎ、隣人へのやさしさを持つ、必ず失ったものが取り戻せるのだと信じて……まさしく流浪の英雄による冒険活劇のようである。抽象的な文章ながら訳していてワクワクした。

 さて、この卦のクライマックスは「帝乙が妹を嫁がせることで天の恩寵に社会があずかる。元吉。」というもの。この帝乙は伝統的に暴君とされる殷紂王の父のことを指すのだとされ、彼が各地の諸侯に妹を嫁がせることで秩序を回復したことを示しているとされているのだけど……本当か? 史記や書経に紂王の父親にそんな善玉エピソードはないし、仮に伝えられない伝承においてここに記されたような賢君であったとしても、次の紂王が破滅させるのでは台無しである。あんまり大した効果がなかったのでは? それに体制の確立された王朝末期の王が冒険活劇なんか演じるかな……。全体的にすげーあやしい。

 じゃあ帝乙について甲骨文等の発掘資料を確認してみればそれっぽいエピソードが見つかるかなー、なんて思いきや、実は史書に載らない隠れたエピソードなんてどうやら見つかっていないらしく、それどころか、そもそも殷の存在した当時の王統には帝乙の名自体が載せられておらず、実在さえ怪しいとされているのである。

 うーん、納得いかない! 結局なんなの、これ! と思ってウダウダと考えているうち、ひとつの仮説を思い立った。帝乙とは太乙のことであり、つまり殷王朝の創始者である湯王のことではないか。

 孟子によれば、はじめ湯王が小領主だった頃、葛という国を治める領主の葛伯が非道なふるまいをしていたことから、これを征伐したという。これが湯王の王業の始まりであり、そこから周辺国が報復に出ればそれに応じて東へ西へ湯王が征伐し、その威名は徐々に大いなるものになっていったという。征について触れる初九や、黄河を渡って危険を冒す九二本文序盤に相応する。そして湯王は他にもかつて夏王朝の桀王から幽閉される等の苦難も経験したが、これを乗り越え、料理人の伊尹が彼の宰相となって助力したため、遂に夏王朝を打ち滅ぼしたのである。これなら本文の冒険活劇のストーリーに合致するだろう。『于食有福』という食事に福を見出すところは、もしかすると料理人の伊尹の助力を暗示しているのかもしれない。

 ……いやー、我ながら説得力ある仮説と思うんだけどなー。

 全体的に好きな卦なんだけど、「あなたには隣人がいる。厳格さを捨て、まごころを持つがよい。」のところ、ここは革命の本質を有しているように思う。矛盾の果てに秩序の崩壊した世界では、かつての硬直化した法を厳格に運用したところでかえって混沌を加速させるだけである。むしろその本質となる徳を再発見する必要があり、ゆえに厳格さを捨て、まごころを持つことが混沌における然るべき方法になるのだ。

仏陀、はじまりの説法② 二人の商人

【現代語訳】
 時に世尊が七日を過ごした後、三昧(サマーディ)から立ち上がって、目支鄰陀(ムチャリンダ)の樹の下を離れ、羅闍耶他那(ラージャ・ヤタナ)の樹の場所へ赴いた。赴いてからは、羅闍耶他那(ラージャ・ヤタナ)の樹の下にて一度、跏趺を結んで坐することにした。坐して七日の解脱を楽しみを享受していた。

 その時、多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)という二人の商人が鬱迦羅(ウトカラ)の村から来て、この地の路上にたどり着いた。時に多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)の二人の商人は前世において備わった親族血縁のうち一人に鬼神がいて、多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)の二人の商人に告げた。

「諸兄よ、世尊はここで初めて現等覚を完成して羅闍耶他那(ラージャ・ヤタナ)の樹の下におる。お前たちはこれから麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を持っていき、かの世尊に供えるがよい。長夜においてその利益、安楽を得ることになろう。」

 時に多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)の二人の商人はすぐさま麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を持ち、世尊の住処に到着した。到着すると、一面立によって世尊に敬礼した。一面立してから、多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)の二人の商人は世尊に告げて言った。

「願わくば世尊よ、我々の麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を受け取り、我々に長夜におけるその利益と安楽を得られるようになされんことを……!」

 時に世尊の心は思念を生じた。

「如来たちは手を使わずに受け取るものであったな。余は何の器によって麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を受け取ればよいものか……。」

 時に四大天王が現れ、世尊の思念のある処に以心知(テレパシー)をおこない、四方から分散して世尊に四つの石鉢を献上しに来て言った。

「世尊よ、この器で麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を受けて下され!」

 世尊はこの新たな石鉢を受け取ると、麨子(クッキー)と蜜丸(キャンディ)を受けて食べた。

 時に多富沙(トラプサ)と婆梨迦(バッリカ)の二人の商人は世尊の洗鉢と手を見てから、頭面で世尊の足に礼をして世尊に告げた。

「ここで我々は世尊と法(ダルマ)に帰依します。どうか世尊よ、我々を受け入れ、今日から始まり生命の終焉に至るまで優婆塞(ウパーサカ)にしていただきたい!」

 彼らは世間において初めて二度にわたる帰依を唱え、優婆塞(ウパーサカ)となったのである。

【漢文】
 時、世尊過七日後、從三昧起、離目支鄰陀樹下、往羅闍耶他那樹處。往已、于羅闍耶他那樹下、一度結跏趺坐、坐受七日解脫樂。

 爾時、多富沙與婆梨迦二商人從鬱迦羅村、來至此地路上。時、多富沙與婆梨迦二商人有于前生具親族血緣一鬼神、告多富沙、婆梨迦二商人曰、諸兄、世尊于此初成現等覺、在羅闍耶他那樹下。汝等應以麨子、蜜丸往供彼世尊。將于長夜得其利益、安樂。

 時、多富沙、婆梨迦二商人即持麨子、蜜丸、詣世尊住處。詣已、敬禮世尊、于一面立。一面立已、多富沙、婆梨迦二商人白世尊言、願世尊受我等麨子及蜜丸、使我等于長夜得其利益、安樂。

 時、世尊心生思念、諸如來不以手受、我當以何器受麨子、蜜丸耶。時、有四大天王、以心知世尊念處、分從四方來獻世尊四石鉢曰、世尊、請以此器受麨子、蜜丸。世尊受此新石鉢、受麨子、蜜丸而食。

 時、多富沙、婆梨迦二商人見世尊洗鉢及手已、以頭面禮世尊足、白世尊曰、我等于此歸依世尊與法、願世尊容我等從今日起至命終止為優婆塞。彼等于世間、初唱二歸依為優婆塞。

【書き下し文】
 時に世尊の七日を過ごす後、三昧從(よ)り起こり、目支鄰陀の樹の下を離れ、羅闍耶他那の樹の處に往けり。往きて已(のち)、羅闍耶他那の樹の下に于いて、一度(ひとたび)は跏趺を結びて坐(ま)し、坐(ま)して七日の解脫の樂しみを受く。

 爾る時、多富沙と婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきうと)は鬱迦羅の村(むら)從(よ)り來たり、此の地の路の上に至れり。時に多富沙と婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきうと)は前の生に于ける親族血緣の一(ひとつ)の鬼神(かみ)を具(そな)ふる有り、多富沙、婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきうと)に告げて曰く、諸(もろもろ)の兄(このかみ)よ、世尊は此に于いて初めて現等覺を成し、羅闍耶他那の樹の下に在り。汝等は應(まさ)に麨子、蜜丸を以ちて往き、彼の世尊に供ふべし。將に長夜に于いて其の利益、安樂を得む。

 時に多富沙、婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきうと)は即ち麨子、蜜丸を持ち、世尊の住處(すみか)に詣(いた)れり。詣(いた)りて已(のち)、世尊を敬禮(ゐやま)ふこと、一面立に于いてす。一面立の已(のち)、多富沙、婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきうと)は世尊に白(まを)して言(いは)く、願はくば世尊は我等の麨子及び蜜丸を受け、我等を使(し)て長夜に于いて其の利益、安樂を得させしめむことを、と。

 時に世尊の心は思念(おもひ)を生ぜり。諸(もろもろ)の如來は手を以(もち)ゆことなく受く。我は當に何の器を以ちてか麨子、蜜丸を受けむか、と。時に四大天王有り、心を以ちて世尊の念(こころ)の處(ところ)に知らしむ。分かれて四方(よも)從(よ)り世尊に四つの石鉢を獻(たてまつ)らむと來たりて曰く、世尊よ、請ふ、此の器を以ちて麨子、蜜丸を受けむことを、と。世尊は此の新たな石鉢を受け、麨子、蜜丸を受けて食らへり。

 時に多富沙と婆梨迦の二(ふたり)の商人(あきひと)は世尊の洗鉢及び手を見た已(のち)、頭面を以ちて世尊の足に禮(ゐや)まひ、世尊に白(まを)して曰く、我等は此に于いて世尊と法に歸依せり。願はくば世尊の我等を容(い)れて今日從(よ)り起こし、命の終はり止まるに至るまで優婆塞と為さむことを、と。彼等は世間に于いて、初めて二(ふたたび)の歸依を唱へて優婆塞と為らむ。

 仏陀が悟りを開いたのちに初めて在家の信徒「優婆塞(ウパーサカ)」を獲得するお話。四方から四天王が総出で現れてお供え物のクッキーとキャンディを受け取るための石鉢を渡すさまが大袈裟で訳しながらめっちゃ笑ってしまった。

仏陀、はじまりの説法①


 過去に訳した漢籍を少しずつ掲載していく。

律蔵 大品第一
大犍度

【現代語訳】

 その時に仏世尊は初めて現等覚を完成し、優樓頻螺(ウルヴィーラ)村の尼連禅(ファルグ)河の邊(ほとり)の菩提樹の下に止(とど)まっていた。時に世尊は菩提樹の下にて一度、跏趺を結んで坐することにした。坐して七日の解脱の楽しみを享受していた。

 時に世尊はこの夜の初分、縁起順逆の作意について言った。

「無明は行為に起縁する。行為は認識に起縁する。認識は人間を構成する身体と精神に起縁する。人間を構成する身体と精神は六つの感覚器官に起縁する。六つの感覚器官は接触に起縁する。接触は感受に起縁する。感受は愛惜に起縁する。愛惜は執着に起縁する。執着は所有に起縁する。所有は生に起縁する。生は老い、死、哀愁、憂悲、苦しみ、悩みに起縁するものだ。かくのごとくあって一切の苦蘊を集め起こすことになる。そして無明が滅び尽きれば、行為も滅び、行為が滅べば認識も滅ぶ。認識が滅べば人間を構成する身体と精神も滅び、人間を構成する身体と精神が滅べば六つの感覚器官も滅ぶ。六つの感覚器官が滅びれば接触も滅び、接触が滅びれば感受も滅ぶ。感受が滅びれば愛惜も滅ぶ。愛惜が亡びれば執着も滅びる。執着が滅びれば所有も滅び、所有が滅びれば生も滅ぶのだ。生が滅びれば老いも死も哀愁も憂悲も苦も悩みも滅ぶ。――かくのごとくして一切の苦蘊を滅ぼし尽くすのだ。」

 時に世尊はこの義を了知し、そこでこの時に自ら唱頌した。

行に努める静慮たる婆羅門よ。
かくのごとき諸法を顕現させた者は、
因を有する諸法の故を了知した。
これを滅ぼせば一切の疑惑は尽きるのだ。

 時に世尊はこの夜の中分、縁起順逆の作意について言った。

「無明は行為に起縁する。行為は認識に起縁する。認識は人間を構成する身体と精神に起縁する……(中略)……かくのごとくあって一切の苦蘊を集め起こすことになる。……(中略)……滅ぼし尽くすのだ……(後略)。

 時に世尊はこの義を了知し、そこでこの時に自ら唱頌した。

行に努める静慮たる婆羅門よ。
かくのごとき諸法を顕現させた者は、
あらゆる縁故を滅ぼし尽くすことを了知した。
これを滅ぼせば一切の疑惑は尽きるのだ。

 時に世尊はこの夜の後分、縁起順逆の作意について言った。

「無明は行為に起縁する。行為は認識に起縁する。……(中略)……かくのごとくあって一切の苦蘊を集め起こすことになる。……(中略)……滅ぼし尽くすのだ……(後略)。

 時に世尊はこの義を了知し、そこでこの時に自ら唱頌した。

行に努める静慮たる婆羅門よ。
かくのごとき諸法を顕現させた者、
すなわち彼が端然と立って魔軍を破るさまは、
虚空を照らす日輪のごとし。

【漢文】

 爾時佛世尊初成現等覺、止優樓頻螺村、尼連禪河邊菩提樹下。時世尊于菩提樹下、一度結跏趺坐、坐受七日解脫樂。

 時、世尊是夜初分、于緣起順逆作意。謂、無明緣行、行緣識、識緣名色、名色緣六處、六處緣觸、觸緣受、受緣愛、愛緣取、取緣有、有緣生、生緣老、死、愁、憂悲、苦、惱。如是集起一切苦蘊。又無明滅盡、則行滅、行滅則識滅、識滅則名色滅、名色滅則六處滅、六處滅則觸滅、觸滅則受滅、受滅則愛滅、愛滅則取滅、取滅則有滅、有滅則生滅、生滅則老、死、愁、憂悲、苦、惱滅。如是滅盡一切苦蘊。

 時、世尊了知此義、即于此時自唱頌曰、

力行靜慮婆羅門
若是顯現諸法者
了知有因諸法故
滅彼一切疑惑盡

 時、世尊其夜中分、于緣起順逆作意。謂、無明緣行、行緣識、識緣名色……乃至……如是集起一切苦蘊……乃至滅盡……。

 時、世尊了知此義、即于此時自唱頌曰、

力行靜慮婆羅門
若是顯現諸法者
了知滅盡諸緣故
滅彼一切疑惑盡

 時、世尊其夜後分、于緣起順逆作意。謂、無明緣行、行緣識……乃至……如是集起一切苦蘊。……乃至滅盡……。

 時、世尊了知此義、即于此時自唱頌曰、

力行靜慮婆羅門
若是顯現諸法者
則彼端立破魔軍
猶如照虛空日輪

【書き下し文】

 爾る時に佛世尊は初めて現等覺を成し、優樓頻螺村の尼連禪河の邊(ほとり)の菩提樹の下に止(とど)む。時に世尊は菩提樹の下に于いて、一度(ひとたび)跏趺を結びて坐(ま)し、坐(ま)して七日の解脫の樂しみを受く。

 時に世尊は是の夜の初分、緣起順逆作意に于いて謂へり。無明は行に緣(よ)り、行は識に緣(よ)り、識は名色に緣(よ)り、名色は六處に緣(よ)り、六處は觸に緣(よ)り、觸は受に緣(よ)り、受は愛に緣(よ)り、愛は取に緣(よ)り、取は有に緣(よ)り、有は生に緣(よ)り、生は老、死、愁、憂悲、苦、惱に緣(よ)れり。是くの如くして一切の苦蘊を集め起こせり。又た無明は滅び盡かば、則ち行も滅び、行滅ぶれば則ち識も滅べり。識滅ぶれば則ち名色も滅び、名色滅ぶれば則ち六處も滅べり。六處滅ぶれば則ち觸も滅び、觸滅ぶれば則ち受も滅べり。受滅ぶれば則ち愛も滅び、愛滅ぶれば則ち取も滅べり。取滅ぶれば則ち有も滅び、有滅ぶれば則ち生も滅べり。生滅ぶれば則ち老、死、愁、憂悲、苦、惱も滅びたり。是くの如くして一切の苦蘊を滅び盡くせり。

 時に世尊は此の義(ことはり)を了知(さと)り、即ち此の時に于いて自ら唱頌して曰く、

行に力(つと)めて靜慮したる婆羅門よ
是くの若(ごと)き諸法を顯現(あらは)す者
因を有(も)つ諸法の故を了知(さと)らむ
彼を滅ぼさば一切の疑惑(うたがひ)は盡きたり

 時に世尊は其の夜の中分、緣起順逆の作意に于いて謂へり。無明は行に緣り、行は識に緣り、識は名色に緣り……乃至(ないし)……是くの如く一切の苦蘊を集め起こし……乃至(ないし)滅ぼし盡くし……。

 時に世尊は此の義(ことはり)を了知(さと)り、即ち此の時に于いて自ら唱頌して曰く、

行に力(つと)めて靜慮したる婆羅門よ
是くの若(ごと)き諸法を顯現(あらは)す者
諸(もろもろ)の緣故(ゆゑ)を滅ぼし盡くすを了知(さと)らむ
彼を滅ぼさば一切の疑惑(うたがひ)は盡きたり

 時に世尊は其の夜の後分、緣起順逆の作意に于いて謂へり。無明は行に緣り、行は識に緣り……乃至(ないし)……是くの如く一切の苦蘊を集め起こす。……乃至(ないし)滅ぼし盡くし……。

 時に世尊は此の義(ことはり)を了知(さと)り、即ち此の時に于いて自ら唱頌して曰く、

行に力(つと)めて靜慮したる婆羅門よ
是くの若(ごと)き諸法を顯現(あらは)す者
則ち彼の端立して魔軍を破ること
猶ほ虛空を照らす日輪の如し

 三蔵のひとつ『律蔵』における大品第一の大犍度から。仏陀が最初に悟りを開いた際の描写。仏教における悟りとは何かを仏陀の言葉として最もわかりやすく記した古典と言えるんじゃなかろうか。

 実は大犍度を訳そうとしたきっかけは、ウパカという人物に仏陀が初めての説法をして失敗する際の描写が面白いので、それに該当する漢訳仏典を訳そうとしたのがはじまり。なので、このあたりをやくすつもりはなかったのだけど、せっかくだからとついでに訳してみたもの。実は結構「ふざけた」訳を他のものだとしているのだけど、ここはさすがに私も仏教徒だし、仏陀直々の悟りに関する最初の教えということで、おかしな訳にならないよう慎重に、かつ他の専門家が既に訳しているだろうからと自分なりにしっかり仏教用語を現代日本語に訳すようにと真面目に努めてみた。さすがに畏れ多いと思う感覚は私にもあった模様。